一人食事会 (斉凛 作)
擬音。語尾で韻を踏む。体言止め。語尾を意識して、リズムの良い文章にチャレンジしてみました。
食べた事の無い食材と、「貴方」が食べられない。この二つをお題のつもりで書きました。
※作者本人ページでも同作品を公開しています。
ーー復讐しましょう。貴方を後悔させてあげるわ。
とんとんとん、相棒の三徳包丁で玉ねぎとアスパラガスをリズミカルに刻んで行く。オリーブオイルを引いた鍋に、さっといれ、じゅっと音をさせて炒める。こと……こと……別の鍋から小さく沸騰する音が聞こえて火を止めた。昨日から煮込んだブイヨンだ。これをアスパラガスを炒めた鍋に入れて煮込む。
煮込め終わったらミキサーにかけ、冷やしてから生クリームを入れるのよね。脳内で調理行程を確認。解らない事はスマホを見ればいい。
普段は和食派な私。フランス料理なんて作った事もないけれど、今はネットを探せばいくらでもレシピがあるし、大丈夫。貴方が食べた事の無い料理を作らないと意味がないの。
サラダは彩りが大切。ミニトマト、パプリカ、ズッキーニ……そしてアイスプラント。初めて見るけど不思議な野菜。朝露に濡れた若葉のよう。切って盛りつけて仕上げにパクチードレッシングの緑を散らして。簡単なのに見栄えが良いわね。
オマール海老なんて初めて食べるわ。普通の海老と何が違うのかしら? ざく、ざくと豪快に海老の殻に包丁を入れる。とろりと滲む味噌も大切な味のエッセンス。炒めたニンニクとトマトの上に海老を殻ごと乗せて焼いてフランベ。香ばしい海老の香りがキッチンに漂った。
ぐつぐつと鳴る鍋にパスタを入れるのは最後ね。ぐらぐらとお湯の中で踊るパスタ達が楽しそう。
お皿選びもポイント。ターコイズブルーのオーバル型の皿に赤いパスタ、金の縁取りのついた白い皿に色鮮やかなサラダ。切り子ガラスの器に冷製スープを入れましょう。
食器を取り出す時、ちらりと見えた青いグラス。悩んだ時にグラスの縁をなぞる貴方の癖。私知ってるわ。彼女と私。どっちにするか悩んで、家を出て行った貴方。悔しいでしょう。私の料理が食べられないなんて。
「お気の毒様」
思ってもない事を口にする。
「完成!」
今日の料理はオマール海老のパスタ。色とりどりのサラダと。アスパラガスのスープ。どれも見た目が美しい。ブラウンの上品なテーブルクロスの上に、シルバーと一緒に並べた。
ーー見栄えが命だから。
ぱしゃり、ぱしゃり、写真を撮って。
並んだ料理、部屋に一人きり。時計をちらり。午前0時。よし!
「いただきます」
最初にスープをスプーンで掬って口に運ぶ。口の中でほどけるなめらかなくちどけ。アスパラガスの青さと玉ねぎの甘みがクリームに溶け、口の中にひんやりとしたうま味の余韻が残る。
アイスプラントにかじりつくと、ぷちぷちとした食感とほのかな塩気に驚いた。このぷちぷち感、癖になるわね。気に入ったわ。パクチーの爽やかな香りに包まれたズッキーニにかぶりつく。しゃくりと小気味良い歯触り。フレッシュなトマトの酸味と、パプリカの甘みを交互に味わうと飽きが来ない。
そして冷めないうちにパスタへ。もちもちとした生の太麺を噛み締めると、濃厚な海老のうま味がガツンと舌を直撃する。胡椒のぴりりとした刺激と爽やかなレモンの香りが、こってりとした濃厚なソースを引き締めた。海老にかぶりつく。歯を押し返す様なぷりぷりした強い弾力と、ねっとりとした甘みにうっとり。この海老の旨味がぎっしりのソースに、バゲットを浸してかぶりつきたいわね。
思わず赤ワインをくいっと飲んでしまう。チリ産のフルボディの赤が程よい渋さと重さで、口の中の濃厚な味をさらりと洗い流してくれる。魚介類には白って言うけど、私は赤ワイン派なの。貴方も赤ワインが好きだったわね。
今日は濃厚な料理が多いけど、ワインが舌をリセットしてくれるからいくらでも食べられそうだわ。
一口、一口ゆっくりじっくり味わう。向かいの空いた椅子を眺めて。全てを食べ終えて、こつりとフォークを置くと音が静寂の中に響いた。
「ごちそうさま」
そう呟いても返事は返って来ない。満ち足りた満足感に浸って思わず口からこぼれ落ちたのだ。これだけ美味しい料理を作れた自分を褒めてあげなきゃ。
嗚呼……美味しかった。美味しい物を食べるってやっぱり幸せね。……例え一人でも。
美味しさの余韻を忘れぬうちに、パソコンに向かって文章を打つ。どれ程料理が美味しかったか、短い言葉に旨味を凝縮させて。
写真と共に食レポをTwitterに投稿する。ワクワクTLを眺めていると、次々と流れてくる「飯テロだ!」の叫び声。今日も一人飯。でも私の料理をネットで皆が楽しむネット食事会は悪くない。
私が飯テロツイートをすると必ず『貴方』のアカウントで「飯テロだ!」のレスがつく。
思わずニヤリ。してやったり。
厭なら見なきゃいいのに、毎回反応があるのよね。結局彼女とは別れたらしいし、今頃一人で私を振った事、後悔してるのかしら?
貴方が永遠に食べられない料理をTwitterにアップし続ける。これが私の復讐。
2018/01/08 作者本人ページでも同作品を公開のため、注を追記




