表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第三回 妄想お食事会企画(2017.11.25正午〆)
87/268

冬ごもりの初日 (燈真 作)

 温風に優しく抱かれているような心地から、意識が急速に引き剥がされる。まだ、まだ眠っていたい、という切実な訴えとは裏腹に、一番に反応した胃腸が情けなく鳴いた。

「いやだぁ……まだ眠っていたいよぅ……」

 昆虫類は早々に冬眠を始め、鳥類も移動組はあらかた移動を終えた。「飛ぶもの」たちの飛行を補佐する自分たち「飛風(とびかぜ)」の仕事もほぼ終わり、年中活動する一部を除き昨日が仕事納め。よりによって飛竜の冬ごもり準備に付き合わされ、定時間際に帰社し報告書と格闘する自分の横を、同僚が「良い眠りを」などと爽やかな笑みを残し退勤していった。今頃は超高級羽毛布団に埋もれているに違いない。羨ましい。

 昨晩ご飯を抜いたせいか、腹はしつこく鳴り続ける。曰く、直ちに飯を食わすべし。

「まだ冬眠初日なのにぃ……」

 恨み言を呟くも、結局は自業自得。寝ぼけ眼で布団のチャックを引いて手を突っ込み、羽毛を一枚抜いて口に入れた。羽毛は食料だが、保温効果から冬眠時の布団にもなる。口内に広がるのは、さっぱりとした素朴な甘さに一摘まみの塩味を足した、手軽な羽毛定番徳用の味……ではなく、舌がもげるほど発酵した酸味。

「~~~!?」

 跳ね起きて吐き出し、カバーの中を覗く。綿菓子のような綿毛は萎れ、噛み応えのある羽軸と羽柄は干からび、口中でほろりと零れるはずの弁はべたついていた。

「なんで? 一昨日新しいのを一冬分買って、古いのと入れ替えて袋に詰めて、布団カバーを洗って乾かして、あとは明日ゆっくり、って……」

 思い出した瞬間、悲鳴が飛び出した。布団をかき分け、窓に貼り付いて見下ろす。住居の木の遥か根元、ゴミ収集所に鎮座する大きな3袋には嫌というほど見覚えがあった。予想外の残業に疲れきった頭で深夜に冬眠準備をした。まさか、古いのと新しいのとを取り違えたなんて!

 時計を見れば収集烏が来る5分前。玄関を飛び出し隼顔負けの速さで急降下、一気に3袋とも回収して家に戻ると、今度は部屋の隅に丸まっていた空袋に片っ端から古い羽毛を詰め込んだ。まさかと回収した袋を開けると、なんと昨日放り込んだゴミまで混ざっている。

「あぁ……もったいない……」

 涙をこらえ駄目になった部分を移し、今度こそ捨てる3袋を掴み再び家から急降下。まさに回収を終え飛び立とうとした烏と他社の飛風に追いつき頭を下げた。

「すみません……良い冬を」

「気にするな、良い眠りを」

「しっかり眠れよ」

 帰って空っぽの布団カバーを嗅げば、やはり発酵の匂いが残っている。一昨日の労働が水の泡だ。羽毛も無駄にした分を買い足さなければ。

「うぅ、お給料あまり残ってないのに」

 ひとまず木の洞に溜まった清水で洗い、枝に下げる。さて買い出しに、と思ったところでチャイムがなった。

「はーい……う、わ!」

 扉を開けた瞬間、大きな白い袋がぐいと押し込まれた。天井に届きそうなほどに膨れあがる。

「お届け物ですぅ」

 袋の向こうで郵便梟が声を張り上げた。

「えぇ、心当たりないんだけど!」

「とりあえず、サインもらえませんかねぇ?」

 どうにかサインをし、冬眠の挨拶をして扉を閉める。改めて巨大な袋を見上げ、おそるおそる触ってみた。カサ、カサ。聞き覚えのある音。まさか、と思って机の上に乗り縛紐を解き、慎重に中を覗く。

「う、わぁぁ!」

袋一杯に詰まっていたのは、眩しいほど純白の羽毛。どう見ても高級品。自分の給料では両手で抱えられるくらいがやっとの代物だ。そうっと1つ摘まんで、口に入れる。

「あ、あんまぁぁ……」

 目尻がとろんと下がる。清らな水と花の蜜、瑞々しい若葉に甘露滴る果実。それらだけで育った鳥の羽毛に違いない。徳用の質素な食感は欠片もなく、ただ柔らかに舌の上でゆっくりと溶け、まぁるい甘みを残すのみ。仄かに香るのは鳥の臭みではなく涼やかな金木犀。この羽毛に包まれ眠ったら、どれだけ良い夢が見られるだろう。

「一体、誰が」

 縛紐についたタグをひっくり返した。

「……え」

 自分の目が信じられなくて、二度三度と読み返す。じわじわと実感が胸の奥に溢れて、口元が緩むのを押さえられない。衝動のままに両手を高く突き上げた。

「お客様は神様ぁぁっ!!」

『貴殿たちには世話になった。冬眠間際に働かせた故の特別報酬である。良い眠りを。飛竜』

 羽毛をもう一つ摘まんで舌の上に乗せる。羽軸に歯を立てると小気味良い音を立てて砕け、そこから遠慮がちに甘さが湧き出て、舌触りの良い綿毛や弁と混ざり合って口内をまろやかに巡る。

「幸せだぁ……」

 頬に両手を添えうっとり呟き、その甘みを舌で転がしながら考える。これだけあれば、徳用を使わなくても十分冬は越せる。しかし、冬中に食べきってしまうのはもったいない。さて、どうしよう。

 今日は冬ごもりの初日。金木犀の香りに包まれぬくぬくと高級羽毛布団で眠り、腹が減ったら幸福の甘味に舌鼓を打つ。舞い降りた至福の冬眠計画に、胸が高鳴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ