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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第三回 妄想お食事会企画(2017.11.25正午〆)
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あなたのフルコース (狼子 由 作)

 あなたは、今日も1日中動き回って、くたびれ果ててしまいました。

 疲れた身体を引きずって、ようやく1人の時間に辿り着きます。パソコンの前に座り、首を回しながらいつものサイトへと向かいます。


 覗き込めば、お馴染みの物語があなたを待っていました。

 おや、更新されている作品が、幾つかあるようですね。順に開いてみましょう。


 今夜最初の作品は、甘い甘い恋愛物ラブストーリー。滴り落ちる芳しいことばの連なりが、あなたの瞳から身体中に広がります。十年間じっくりと熟成された恋心。どこかチョコレートにも似た香ばしい苦味としっとりとした感触は疲れた心を受け止め、内側から癒してくれることでしょう。芳しい重厚さはまろやかに、主人公達の積み重ねてきた時間をあなたへと届けます。身体の隅々まで血液が通い、温まったところで次の作品へと指先が動きます。


 次に開いたのは、少年時代を思い起こさせるビルドゥングスロマンの短編。あの頃のあなたが乗り越えられなかった壁を思わせる、きりりと刺激的なことばが並びます。あなたにはできなかった勇気ある一歩を、物語の主人公は熟慮の末に恐る恐る踏み出していきます。胸の痛みすら魅力的に感じ、目を通した瞬間からあなたの心を優しく引っ掻きました。物語に踏みにじられる快感に手を引かれ、ぴりぴりと痺れるような心地のまま、次の作品へ。


 さあ、お次は涙なしには読めないヒューマンドラマに参りましょう。心中からじわりとにじみ出る水分が、あなたの瞳を潤してくれます。透明に澄んだ言葉は底まで見通せるように見えて、無限の奥行きを感じさせます。ゆったりと漂う物語の中、あなたの心は沈み、浮き上がり、そして最後の一息まで吐き出させるように深みへと引きずり込まれました。心を撫でる滑らかさを堪能したら、次の作品が目に入ります。


 休む間もなく、さりげない描写の艶めかしい近未来SFが始まりました。近未来が舞台だと言うのに、両手の中でぴちぴちと跳ね回る活きの良さ。水中をしなやかに泳ぐような文体はまるで一枚の絵画のよう。母なる大海が抱き締めるおおらかさと、奥底から滲むほのかな甘みから目が離せません。最後の文字の一滴まで、指先に吸わせるように堪能したら、次へいきましょう。


 少し目が疲れてきたところでしょうか。肩に力が入りきってしまう前に、ほろほろと雪が蕩けるような、さくりと指先の動かせるコメディを一作挟んでおきましょう。踊るようなことばの軽やかさはあなたの口元を緩め、微笑ませてくれます。ひとの心をくすぐる心憎い展開に一瞬見惚れるのも時には悪くない……さあ、気合を入れ直して、一番楽しみにしていた一作を紐解きましょう。


 今宵、もっとも手強い、そしてもっとも愛おしい一作です。重厚なことばづかいと、華やかに広がる世界観はまさに王道ファンタジーの名に相応しい。荒々しい大地を踏みしめる主人公の力強い佇まい。しっかりと噛みしめた内側から、溢れる感情を抑えきれず、あなたは身もだえすることでしょう。鼻先に抜けるようなこの深い感情の源は何でしょう。手繰るように追いかけても、複雑に折り重ねられた登場人物たちの関係性は、そう簡単には解けません。もう少しこの世界を彼等と共に歩まねば……深い満足感と相反する飢餓感を抱えて、ページを閉じます。


 残りの作品も少なくなってきました。寂しさを感じながら先へ進めば、テイストの全く違う、どろどろと引きずり込まれるような甘いサイコホラー。足元も定かではない夢に沈み込み、胸の奥から込み上げる滴る鉄の舌触り。快感と不快感は紙一重。不幸と幸福は裏表。じんわりと侵食する恐怖に骨の髄までひたされながら、さあ、最後の作品です。


 ほろ苦い人生の苦悩と、きらきら輝くいのちの芳しさを同時に楽しめる童話で、今宵はしめましょう。世界中に生きる誰もが感じる痛みを、喜びを、淡々と描き出されたこの感動を。最後のひとしずくまで飲み干したら……ごちそうさまです。


 どうでしょう? あなたの、あなただけの1時間のご感想は。

 ご満足いただけましたか。

 もしもお楽しみいただけたのであれば……どうぞ、次回はあなたも提供する方へ――物語を紡ぐシェフの側へ回ってみませんか?


 奇談怪談何でもござれ。

 勧善懲悪、理想論。耽美主義にデカダンス。

 素材となる言葉はほら、あなたの中に。

 どんな味付けをするかは、あなた次第。


 さあ、キーボードに指先を置いて。

 どこから手をつけても構いません。

 案外、明日のフルコースは、あなたの手によるものかもしれませんよ。

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