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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第三回 妄想お食事会企画(2017.11.25正午〆)
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お見舞い (北瀬多気 作)

※若干の不快表現を含みます

「これはナシです」

「そうかね? 僕はアリだと思うが」


 不思議そうに首をかしげる部長を殴りたくなった。もし私が万全の状態だったならば、今すぐベッドから起き上がり、目の前に差し出された『それ』を床に叩きつけていただろう。

 部長が変わり者なのは知っている。それを承知で入部したのは、ほかでもない私だ。

 だけど『これ』はない。


「後輩が高熱で寝込んでいるとき、持ってくる見舞いの品としてありえないんですよ」


 私は部長の持つ『脳みそゼリー』を指さした。

 皿にのっているのは、言葉のままの、脳みその形をしたゼリーだ。握りこぶしよりやや小さいサイズだが、医療ドラマとかで見る脳にそっくりなのだ。

 圧倒的リアリティ。ゼリーの枠を超えた存在感。病床に伏している人間に見せていいものじゃない。衝撃映像として規制すべきレベルだ。

 私の不快感が、部長にはいまいち伝わっていないらしい。ゼリーから目を逸らす私に、目をキラキラさせながら話し始める。


「食欲がないというから、喉ごしのよいものを選んだ。ありえないというほどおかしなチョイスではないはずだよ。ただのピーチ味だし」

「普通のゼリーならいいんですよ。どこに脳みそじゃなきゃダメな理由があるんですか」

「先日、部活で読んだ本の内容に、君がやけにくいついたのを思い出したのだ。トマス・ハリスの『ハンニバル』だよ」


 タイトルを聞くと、胃液がせり上がってくる感じがした。


 部活――文芸部の活動中、とある部員が熱心に薦めてきたのが『ハンニバル』だ。映画にもなった『レッド・ドラゴン』『羊たちの沈黙』に続く三部作の三作目。二作目まで部内で回し読みしたけど、衝撃的な内容に耐えられず、途中で読むのをやめた。

 それを半ば強制的に読まされたのだ。おかげで恐怖のあまり睡眠不足が続き、熱を出す羽目になった。


「くいついたんじゃありません! すっごく気分が悪くなったんです! だってありえないでしょ。人間の……脳を食べるなんて……」


 言っただけで吐き気がする。ますます体調が悪化しそうだ。なのに部長は平気な顔で私のベッドに腰掛けると、ゼリーとスプーンを渡してきた。


「これは本物じゃないよ」

「わかってます。でも無理です」

「せっかく頑張って作ったのに」

「手作りだったんですか!?」

「なかなかいい出来だろう。見たまえ、健康的なピンク色だ」


 色がどうとかいう問題じゃない。

 得意そうに胸を張る部長。どうして妙な方向には頑張るのだろう。部活は副部長に任せてばかりで、ほとんど顔を出さないくせに。


「……気に入らなかったかね」


 部長が私の顔を覗き込む。潤んだ上目遣いをする、無駄にきれいな部長の顔に私は弱い。

 ……脳みそゼリーなんか持ってくるし、部室にくることは少ないけど、部誌の〆切はちゃんと守るし、文才もある、尊敬すべき先輩だ。一応は。

 せっかくお見舞いに来てくれたのだし、このまま帰すのも悪い気がする。


「食べ物を粗末に扱うつもりはありません」


 仕方なく、私はスプーンで脳みそゼリーをすくってみた。途端に部長の目が輝く。桃の甘い香りが鼻に抜けた。

 あの小説も確か、脳をスプーン的なものですくい取っていたんだよね……。

 これ以上思い出すと、本気で食欲が失われそうだ。


 目をつぶって一口食べる。

 口の中に、桃の優しい甘さがじんわりと広がっていく。グロテスクな脳みそも、口に入ればおいしいゼリーだ。

 自然と頬が緩み、無言で二口目に突入する私に、部長はすっかりご機嫌な様子で話しかけた。


「脳の味は僕もわからないから、味を再現できなかったのは残念だが。口に合ったようで安心したよ」

「そこまでこだわらなくていいです。無難な桃で私も安心しました」


 食べているうちに、見た目も気にならなくなってきた。部長の手作りというのが嬉しくなってきたくらいだ。わざわざお見舞いに来てくれて、手作りゼリーまで持ってきてくれるなんて、もしかしたら……などと妄想する余裕まで出てくる。

 脳みそゼリーが半分くらいになると、笑顔の部長が口を開いた。


「ああ、『ハンニバル』で君が気になっていたことの答えだけどね」


 ……嫌な予感がしてきた。


「生きたまま頭蓋骨を切り取って脳を食べるなどありえない、と言っていただろう?」


 ゼリーを食べる手が止まるのも気付かず、部長は頬を紅潮させて言った。


「実は、脳の表面には知覚神経がないから、すくい取られても痛くないんだ。次官補は意識がある状態で脳を食べられたが、小説のように頭蓋骨切断のときに局所麻酔をかけてさえいれば問題ない。ありえないなんてことはないのさ」


 あなたの発言がありえないと叫びたい。


「食事中の病人にグロい話はやめてください」

「味が不完全なぶん、食感はできるだけ近づけたつもりだ。脳は、指で押さえるくらいで簡単に潰れるものらしい。あと……」

「もうしゃべるな! 二度とゼリーが食えなくなる!」


 治ったら絶対ぶん殴る。

 決意を胸に、私は脳みそゼリーを完食した。

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