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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第三回 妄想お食事会企画(2017.11.25正午〆)
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「奥さまのレシピ」 (151A 作)

 沸騰している湯の中に1%の塩を入れてポコポコと泡が上がる鍋の中にパスタを60g投入する。

 フライパンにガーリックオイル20cc、トマトソース缶140g、唐辛子の輪切り0.5gを入れて中火にかけた。

 トマトソースの中に入っている実を軽く潰しながら煮詰めていく。

 ふつふつと小さな泡が立ち始め、端の方からオレンジ色へと変わりつつある所で1.5㎝角に切っていたモッツアレラチーズを40g入れた。

 ゆっくりと角が溶けていく。

 丁度タイマーが鳴り鍋を抱えシンクの中に用意していたザルの上に勢いよくパスタを打ち上げ軽く水を切ってソースの中へ。

 馴染ませるように和え仕上げにオリーブオイルを10cc。

 白い皿の上にトングを捻りながら盛り付けてフレッシュバジルを飾れば完成だ。

「どうぞ」

 差し出した先に座っている彼女は椅子の上に右脚を上げており短い黒いスリップドレスは腿の付け根――更にその奥の下着まで見えてしまっている。瞼はまだ眠たそうに半分閉じているが時刻は正午に近い。

「んー良い匂い」

 鼻の先を微かに上向けて右手はフォークを左手は薄く切ったバケットを掴んで朝食件昼食が始まる。

「おばあちゃんの味がする」

 満足気に微笑んだ彼女を見届けてキッチンへと引っ込む。

 紅茶を淹れるためポットとカップを温め、鍋やザルフライパンなどの調理器具を手早く洗って片付ける。手を拭きポットの湯を捨てアールグレイの茶葉を――入れようとした所で呼ばれた。

「なにか」

「一人で食べるのは味気ないからあなたも一緒にどうかと思って」

 最後まで言い切らせずに彼女はひらりと返した左手で自分の前の席を指先でトントンっと叩く。

「妙なことを。私は飲食できない仕様となっているのはご存じでは」

「うん。存じてる。だから座ってくれるだけでもいい……ううん。そうだわ。折角だから食べている気分だけでも味わってみない?」

「それはどういう」

 一瞬言語解析が上手く行われていないのかと案じ、隈なくスキャンして診るがどこにも異常は見当たらない。

 新たに私の主となった彼女――亡くなった奥さまの孫娘――がまた無理難題を押し付けてきているのだ。

「良いから座って」

 主と共にテーブルに着くなど以ての外だが彼女は言い出したら聞かず、そもそもの前提として主からの命令は絶対である。渋々椅子に浅く腰掛けると彼女は頬のそばかすを動かして笑った。

「よろしい。では今から妄想お食事会を始めます」

 小さい頃からお伽噺に親しんできた彼女は時折こうして想像してみろと強要してくる。機械である私に備わっていない機能であるそれを求めるのは一体どんな心理なのか。

 理解に苦しむ。

「ルールは簡単。私がパスタを食べて味を表現するからあなたはそれを食べたつもりで妄想する」

「とても簡単とは」

「いいから!いくわよ。目を閉じてカメラも切ってね」

 言われた通りに目を閉じ外部カメラも切った。

 だがこのゲームは難易度がかなり高い。


 なぜならば。


「トロッとしたチーズが絡まって酸っぱいトマトソースをより濃厚にしてるわね」

 モッツアレラは癖が無いという知識と元は酸いトマトが熱によって甘く変化するという事実しか持ち得ないからだ。

 味わったことのない未知のものを知識だけで補完することなど不可能。

 この場合栄養素や体内にどう影響を与えるかということは不要だ。

 嘆かわしいことに私の中に搭載されているものはどれも役に立たない。

「完全に溶けてないモッツアレラの少しの弾力と程よく茹でられたパスタのお蔭で食べ応えもあるし」

 カットしている時のゴムのような手触りからほんの少しだけ柔らかくなったのだろうと推測し、アルデンテで茹でられた麺がソースと和える際に通った火の加減をプラスすればそれなりの満足感は得られる。

 そこで彼女がもう一口パスタを頬張ったのを音と温度センサーで感じた。

「オリーブオイルの爽やかな香りが鼻から抜けて、最後に唐辛子の辛さがピリッとくるのがもう最高」

 香りが鼻から抜ける――とは入り込んできた異物を空気で体外へと排出する時の感覚とほぼ同じだろう。そこで匂いを嗅ぐということはないが。

 後半のピリッとするという下りは微力な電流が流れる現象と似ているのならば痛みを伴うのではないかと言う危惧を抱く。

「パンはちょっとしょっぱくて軽くて、外側がカリカリしてて香ばしい」

「はあ」

 要領を得ないような私の声に彼女はほんの少し不服そうに「ちゃんと妄想して」と強請る。

 だが無理なのだ。

 想像力は人間だけに与えられた贈り物(ギフト)なのだから。

 私のような機械には決して宿ることのないもの。

「ねえ?なにか感じた?」

 今度こそという気持ちに私は申し訳ない気持ちで否と答えた。

「こんなに美味しいのにそれを作ってくれたあなたが味わえないなんて」

 悲嘆にくれる彼女に私は「美味しいは分かりませんが、お気持ちは嬉しいですよ」と告げれば「今はそれで満足するか」と妥協して。


 若い彼女との生活はなんとも刺激的で退屈しない。

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