互いを知ろう!〜天地課長級、昼餐交換会〜 (七ツ樹七香 作)
※本作は作者ページでも加筆して公開予定です。
昼餐の一品目が届く。
「“幸福”の香草パン粉焼きでございます」
給仕のひとことを待って顔を寄せれば、ただよう香ばしさに唾がわく。
「ハーブはエデンの園からごく香りの良いものを運ばせました。“幸福”も、満ち足りた子どもたちより届いた、純度の高いものです。“全能感”の風味も感じられると思いますね」
レナードの言葉にベルフェルは目を丸くして、ごくりと喉を鳴らす。
握りしめた真鍮のナイフとフォークを戸惑いがちに料理に入れ、強面のみてくれよりも上品にひと口分切りわける。
そろりと口に運びいれると、思わず目を見開いた。
細かく刻んだガーリックとローズマリー、香草をサッと混ぜ込んだパン粉はキツネ色。噛めばパチッと弾けて小麦の甘みと香草の刺激を添え、ふっくらとした“幸福”からは、ほどよい弾力ののちにうまみを伴った汁気がジュッと溢れ出す。ゆっくりと火を通した鶏肉のようだ。噛みしめるたび、穏やかな口福が喉の奥まで沁みてゆく。惜しみながら飲み下し、ぬくもりがじんわりと腹の底に落ちきると、彼はホッと息をついた。
「天使レナード氏。こいつぁ美味い! あんた随分な美食家だって? いつもこんな気取ったもん食べてんのか?」
「家庭料理にすぎません。汚らわしい、黙って食べるがいい。悪魔ベルフェルよ」
肩をすくめてワインをすする悪魔をよそに、次の皿が届く。
“歓び”と“慈愛”のクリームパスタ。
香りづけにと小粒のルビーを中ほどまで詰めたミルが供され、ベルフェルは楽しそうにゴリゴリと削りいれて“きらめき”の風味に舌鼓を打つ。
デザートは“祈り”のスプモーニと三種の”愛”のベリー。
一口食べるや、三口で食べあげ、ミルク味のスプーンの先っぽまで名残惜しくしゃぶって悪魔はうなる。献立に合わせた軽い口当たりの“祝福”のワインはボトル半分にまで減り、三品を食べ終えると、悪魔らしからぬほどけた笑顔で彼は腹を撫でさすった。
「どれもこれも味がやさしくてぞっとするが、美味いもんだ。七面倒な外交官の仕事にしちゃ、存外いい役どころじゃないか。なあ、レナード氏」
「私はあなた方の食事を口にするなんて反吐がでますよ」
「そう言いなさんな。さあ、まずは地獄鮫とマンドレイクのフィッシュ&チップスからだ」
届いた皿を覗き込んでレナードは眉をひそめる。
「随分チップスの大きさが不ぞろいですね。見苦しい」
「ハハ、それも味だ。いいか、マンドレイクは適当に切る。細いのはパリッと、太めのスティックは、ほくっとした食感を楽しみゃいい。そいだ顔のところは苦味が強い、好みでよけるといい。通にはたまらん味だがな。豚野郎の油で揚げたあつあつにサッと死海の塩をふるんだ。そして、このパンチの効いたスパイスをめいっぱいキかせて……。あ? 多少イケない成分が入ってるが気にしちゃならねえ。ちょびっと目が覚めて、素晴らしいアイデアがバンバンに沸いてくるってだけだ」
黒い容器からつぶ感のあるパウダーを無遠慮に振りかけられて、レナードは渋面になる。
カラリと揚がったフィッシュ全面にかかったメタリックな色味の粉が、いかにも毒々しい。
ザクリ。
クリスピーな仕上がりの地獄鮫を嫌々噛み切ったレナードが動きを止めた。噛みしだく鮫の白身から、ほどよい塩気と脂の甘みについで、複雑に絡むスパイスの香気が突き上げるように鼻に抜けていく。
「ん? おい、お上品な口にゃ合わねえか?」
無言。ザクザク、ぱりぱりとレナードが物を口に運ぶ音が続く。
ごく苦いと注意したマンドレイクの顔も、躊躇なく口に放り込んだ時にはベルフェルも口笛を吹いた。
「こんな味の濃いものばかりでは、遠からず悪魔諸氏は生活習慣病でしょうね」
「病と俺らは親戚でね! さあ、ミノス牛の1ポンドステーキ〜ディアボロ風〜、黒ワイン極との相性は抜群だ」
黒々とした鉄板にソースと油を弾けさせ、焼き目のついたぶ厚いステーキが肉汁をたっぷり抱いて現れる。銀のカトラリーで大きく切り取った肉片を睨みつけ、レナードは口いっぱいに肉の塊を頬張った。
カチャ、カチャとせわしく食器が鳴る。
勤勉と潔癖の蝶結びをするするとほどいていくように、食べ、飲み、貪り続ける。
悪魔が笑う。
芳醇で濃いワインを二杯、三杯と飲み干すと、タン、と音を立てて酒杯を置いた。熱いひと息。
ソースひとはけも残さぬ、完食だった。
「あなた方はいつもこのようなものを?」
「思うままに。ご感想は? 美食家さん」
「お聞かせしましょう」
口を拭い、レナードは立ち上がると突如懐に手を入れた。
タアンッ
銃声。銀の弾丸が微笑の天使から放たれる。
止める間もない凶行に、ぐらりとかしいだ悪魔はドッと床に崩れ落ちた。
「気でも違ったのか? 外交官に!」
「厳罰免れませんぞっ、堕天する気かレナード!」
ハハと天を仰ぐ天使を、騒ぎを聞きつけた同僚達が取り囲み連れ去っていく。
悪魔は撃ち抜かれた額のまま、口角を上げた。
「”堕落”は美味しいかい?」
2019/03/24 作者本人ページでも同作品を公開予定のため、注を追記




