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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第三回 妄想お食事会企画(2017.11.25正午〆)
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光る水の祝福 (布袋屋光来 作)

※作者本人ページでも同作品を公開しています。


光る水の祝福


 神々の山、オリンポス--。

 晩秋、収穫の祝いの宴がほど近いある日の事であった。

 麗しい白亜の神殿の一角で、一人の女神と一人の少年が、水瓶とテーブルを挟んで向き合っていた。


 女神の名はヘベ。青春を司る一柱である。

 彼女はその通り、若々しさと清純と光の具現のような存在感を放っていた。

 その希望に満ちて煌めく眼差しは目の前の不思議な少年だけを見つめている。

 少年の名はガニメデと言った。


 トロイアの王子である彼は、鷲に変身した大神ゼウスにより拉致され、オリンポスの一員とされたのである。それは全て、その非常な美貌のためであった。

 ヘベも女性であるから、その神々の王すらも魅了した美しさを間近で観察する事が出来て喜んでいた。その上彼女は、これからはオリンポスの宴席で神酒ネクタールを給仕する彼にその仕事を教える事になっていたのである。

 今まではヘベがその役であった。

 そしてヘベは目の前のガニメデの美少年ぶりに満足していた。これじゃあ、男性であってもゼウスがさらいたくなるのも無理はない。


「ゼウス様から話は聞いているわね」

 神酒がたっぷりと入った水瓶の縁に手を置きながらヘベはガニメデに尋ねた。

「はい。心してかかるようにと……」

 ガニメデはよく通る美声でそう答え、ヘベに頭を下げた。

「どうぞ、ご指導下さい」

「あら、そんなに堅くなる事はないわ。まずは手本を見せるわね」


 ヘベはまずテーブルの上に用意されていた水晶の杯に自分が注いで見せた。

 蜜のようなかぐわしい匂いが周囲に満ちて、ガニメデは息を飲んだ。

 王子として生活してきた彼でも知らないような甘く華やぐような香りであった。


「ふふ。人間が飲めるものではないもの。匂いだけでも驚くわよね」

 ヘベは神酒を自慢した。


 ガニメデはまじまじとその美しい酒を凝視した。

 一見、トロイアの城で飲んだ事があるワインにも思える。

 だが、ワインは日にかざすと赤いが、神酒は日光を受けると薄い青と金に輝いているようであった。

 それはまるで、『光の水』とでも表現したくなるような、美しい色と輝かしさの酒であった。


「神酒を飲むと只人ですら不死を得る事が出来るのよ。ガニメデ。ゼウス様がその酒の給仕をあなたに任せようとした訳が、分かるわね。神酒を飲んだ事はある?」


 もしかしたら、ゼウスはヘベに飲ませよと案に命じているのかもしれない。ただでさえ浮気者の王は妻の目が怖い。ヘベが知らずにやってしまったことにしておけば……?


「いえ、飲んだ事はあります」

 ガニメデはすっと視線を横に向けてそう答えた。

「飲んだ事がある? そう、どうだった?」

 ヘベは当然、味の感想を聞きたかった。

 だが、ガニメデは答えない。

「言葉に出来ないの?」

「そ……の、味がよく分からなくて……」

「神酒の!?」


 ヘベは流石に驚いた。下等なワインしか飲めない人間が、神酒を飲んだら腰を抜かす事などざらである。だが、ガニメデは覚えていないという。


「あ! ……ああ、そういうことね」


 しかしヘベはすぐに事情に気がついて、自分の方が赤くなってしまった。


 閨だ。


 ガニメデは、ゼウスとの閨で神酒を飲まされたのだ。

 おそらく、ゼウスから口移しで。

 少年である彼は何もかも初めての経験であったろう。だから、神々の不死の酒といえど、味を覚えているどころではなかったのだ。


「ふふ」

 ヘベは水晶の杯に光る水を注ぎ、ガニメデの分も用意した。

「どうぞ。今度は落ち着いて味わうといいわ。神酒を初めて飲んだ時の感動なんて、一生覚えておくものなのよ」

「……はい」


 ガニメデは快活な女神の様子に緊張を解き、勧められるがままに、水晶の杯を煽った。


 先に舌の上に広がったのはレモンのような爽やかさであった。

 だが、酸っぱくはない。ただ身の汚れが落ちるような爽快感が口から足下まで突き抜けた。

 次にこみあがってくるのは生唾が際限なく湧き上がってくるような甘さであった。喩えを用いるなら、蜂蜜が一番近い。鮮烈なレモンの後にこってりと濃厚な蜂蜜を飲んでいるような気分。しかしべたつくことはなく、のどごしはあくまで爽快だ。

 思わずぐっと喉に力をこめれば、腹の方からアルコールの衝撃が広がり始めた。

 歌い出したくなるような酩酊感。

 それは決して不快なものではなく、それこそ目の前の青春の女神といつまでも踊っていたくなるようなただ無邪気に楽しい感覚であった。

 神酒の威力に魅せられて、ガニメデは一気に杯を飲み干してしまった。


「どう、お味は?」

 ヘベは水瓶を構えながらガニメデにそう尋ねた。

「最高です」

 ガニメデはそうとしか答えられなかった。

 もっと言葉を知らなければ。

 そうでなければヘベに失礼になる。そう思い、奮い立った。

「これからはあなたのお仕事なのよ。しっかり覚えてね。そして、来てくれて、ありがとう」

 ヘベは生真面目な美少年の後輩に魅惑の微笑みを浮かべて水瓶を差し伸べ、もう一杯、注いでやった。

2017/11/27 作者本人ページでも同作品を公開のため、注を追記

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