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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第一回 ヒトメボレ描写企画(2017.3.25〆)
8/268

 (狼子 由 作)

描写と説明の配分に悩み、こんな企画を立てました。

終わって見れば、たくさんの方にご参加頂き、まるで個性的な描写たちのパンフレットのように見えます。どうぞ、これを読んでくださった方が、色んな作品の様々な描写を読み比べてお気に入りの描写を見付けたり、ご自身の描写と比べて分析したり、ただ1つのシーンに入り込んで世界に浸ったり……ご自由に楽しんでくださいますように。

 面倒くせぇ。

 宿題見せろ、今すぐもってこいなんて、ワガママ言うのもいい加減にしろよ。


 怒り任せに大股で、マンションまで辿り着いた。

 ご立派な建物、32階建てのオートロック。あいつが言うには総戸数は700を超えるとか。高層階にはラウンジ、スポーツジム、エステにレストランが揃ってて、上階程家賃も住人の社会的すてーたすも高いなんて。

 ああ、くそ。建物からして、どこもかしこもツルツルのぺかぺか。はいはい、さすが良いとこのおぼっちゃまは違うよ。


 オレは唇を尖らせながら、入り口近くの総合インターホンに近づいた。鏡のように磨き上げられ塵1つないパネルに、オレの顔が映ってる。十人並の容姿、あえて言うなら世を拗ねたような目つきの悪さだけが目立ってるくらいなもんだけど。

 あいつの部屋は29階。本人の言によれば、ハイクラスなのだろう。

 2913、と部屋番号をプッシュして「呼出」。

 しばらく待っていると、向こうが受話器を取った音がした。


『……ああ、ようやく来たの。遅いな』


 一言目からそれかよ!

 イラッとしたけれど、逆らうことは出来ない。

 ああ、畜生。あんな弱みさえ握られていなければ……!


「……言われた通り、宿題持って来た」


 歯噛みしながら、抑えた声でようよう答えた。

 だけど、そんな答えじゃ気に食わなかったらしい。


『あのさ、僕は遅いって言ってるんだけど? 何か言うことあるんじゃない?』


 ほら来た。

 自分で宿題も出来やしない癖に、人を踏みつけることだけはいっちょまえだ。


「……すんません」

『何? 聞こえないんだけど』

「悪かったです! 遅くなってすみませんでした!」


 ぶん殴ってやりたいけど、そうもいかない。

 オレは公立高校に行かなきゃいけないのだ。こいつを殴って問題を起こして、内申下げてる場合じゃない。

 何とか気持ちをおさめて頭を下げると、カメラ越しに見ていた向こうも納得したらしい。くぐもった笑い声がして、奥の入り口からロックが解錠される音が響く。


『早く上がってきてね』


 一方的に言い捨てられ、がちゃん、と内線は切れた。

 じりじり燃え上がる苛立ちを抱えたまま、オレはエレベーターホールへと進む。

 さくっと到着したエレベーターに乗り込み29階のボタンを押した後は、とにかくヤツに会うまでに心を沈めようとぎゅっと目を閉じて壁にもたれ掛かった。


 ぽーん、と音が響いて扉が開く。

 オレが降りる前に乗り込んでこようとする住人にますます苛立って、押し退けるようにエレベーターを降りた。


 もう何度も通って――強制的に通らされて覚えてしまった廊下を辿り、13番目の部屋へ到着。

 はあ、と1つ息を吐いてもう一度心を落ち着けてから、建物内部の呼び出しベルを押した。


 ぱたぱたと玄関の向こうを駆け寄ってくる軽い足音がする。

 あれ、おかしいな。いつものあいつならもっと勿体ぶってから開けるはずなのに――なんて思ってる間に、がちゃり、と外向きに扉が開かれた。


「待ってたよ、まぁちゃん!」


 満面の笑みとともにひらひらスケスケした薄いクリーム色の衣装――ドレス? 下着?――を身に着けた肌色の塊が飛び出してきて、オレの身体に抱きついた。

 身体の後を追いかけて、長い茶色がかった髪がふんわりとオレの目の前を降りていく。

 顎の下に押し付けられたうなじの辺りから、甘い香りが立ち上ってきた。

 驚愕のあまり声も出ないオレの胸元で、はずんだ声が響く。


「えへへ、嬉しい。まぁちゃん、このベビードール好きって言ってたでしょ。昼間だけど部屋の中だから良いよね。ね、お仕事大変だったんじゃあない? しばらく会わない内に何だか痩せたような――」


 ――ような、で一旦声が止まって。

 しばらくして、廊下に悲鳴が響き渡った。


「きゃああああっ!? まぁちゃんじゃないっ!」


 はい、まぁちゃんじゃありません! すみません!

 慌てて謝りそうになったけど、こっちだってびっくりだ。あのウザいヤツが出てくると思ったらこんな可愛い(エロい)おねーさんが出てくるなんて――と、表札に目を向けると部屋番号は「2813」。

 ヤバい! 階を間違えた!

 慌てて謝ろうとしたけれど、その時にはおねーさんは本来見えてはいけないはずのあれやこれやを隠す為に、身体を小さく小さく縮めて、廊下にしゃがみ込んでいた。


「あっ、ご、オレ……すみまっ」

「ああああああっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!」

「や、ちがくて! おねーさんは悪くなくて!」


 こうしてオレ達出会った訳だけど、泣き出しそうな彼女を必死で慰めようとしてたこの時には、オレは既に恋に落ちてたんだと思う。

 彼女には『まぁちゃん』がいるって、最初っから分かってたのにな……。

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