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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第三回 妄想お食事会企画(2017.11.25正午〆)
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風邪引きとベタな甘え (布袋屋光来 作)

※作者本人ページでも同作品を公開しています。


風邪引きとベタな甘え


「あったかいものを作ったわよ」

 紗菜がそう言って小さな土鍋を現れた。

 厚手の鍋つかみで土鍋の取っ手を掴み、部屋に入って布団の脇に座る。

 ほかほかした湯気と出汁の匂い。

 熱に浮かされ軋む体を無理に起こして俊之は呻き声を上げる。

 体を持ち上げるだけで節々が痛い。頭痛、喉の痛み。


「熱いものを食べて栄養を取って、たくさん汗をかくといい。風邪を引くなんて油断したわねー、トシ」


 笑いながらそういって紗菜は小さい折りたたみテーブルの上に土鍋を置いた。

 ぐったりした俊之が睨むような視線を送ると、そこにはスプーン。

 紗菜は平然とレンゲがわりの大きなスプーンにあつあつの卵のおかゆをすくって俊之の口元に持って行く。


「はい、あーん」

「おい、大学生にそれはないだろ」

 俊之は思わず突っ込んだが、風邪のために普段の鋭さや勢いはない。

「食べなさいよ。あ、そうか! ふーふーしてほしいのね?」


 風邪で機嫌の悪い俊之に対して、紗菜は笑っている。完全にからかっているようだ。

 だが、俊之は恋人の笑顔に弱い。

 目つきを悪くしながらも、本気で嫌がっている訳ではないのが態度で分かる。

 その様子を観察した紗菜は、熱い卵のおかゆを自分の口元に持って行って、息を吹きかけてさましはじめた。


 ふーふー。


「はい、あーん」


 ほどよく冷ましたおかゆを俊之の無精ひげの生えた口に持って行く。

 俊之は不承不承といった様子で口を開いて、おかゆを舌の上にのせた。


 まずわかったのは喉まで来るような熱さだった。

 鼻水で嗅覚がわからなくなっているため、味も本当はよくわからない。

 だが、枯れた喉に熱さが本当においしいと感じられた。

 思わずはふはふいいながらおかゆを咀嚼すると、ショウガのツンとした味が舌の上に広がっていった。それからネギの青臭い苦みがわかる。

 ずっとものを口にしていなかったので、鈍った鼻と舌でも、それらの異質なおいしさはわかった。

 次に、とろけるように熱く、それでいて優しい卵の味わいが舌の上に広がっていった。

 溶き卵のふんわりとした感触が、薬味と味が混じり合うのを楽しんでいく。

 そしてやはり、米の抑え気味の甘みは何と食べ合わせても格別だということだった。

 溶き卵と柔らかい米の絡み合いを舌でねっとりと味わっていると、次第に出汁の味がわかってきた。昆布だ。出汁昆布。


「ふふ、おいしい? はい!」


 俊之がおとなしくおかゆを食べてくれたのがうれしいのだろう。

 紗菜はかわいらしく笑って俊之の顔をのぞき込むと、スプーンにおかゆをすくって優しくその口元まで持って行った。


「うん」


 そこは素直に俊之はそう答えて、紗菜の差し出すスプーンを銜え込み、冷ましてくれた熱いおかゆを口の中に含んだ。


「ん……これ、味付けどうやったんだ?」

「薬味のほかは出汁と料理酒だけだよ。今は味が濃いの辛いでしょ?」

「うん」


 薄い優しい味わいを楽しみながら、俊之は結局、小さい土鍋いっぱいのおかゆを食べてしまった。


「ちょっと待っててね」


 紗菜は食べ終わった土鍋を持ってキッチンに戻っていった。

 それから少したってまた俊之の部屋に入ってくる。


「はーい」

 紗菜は缶詰の桃を食べやすく切った皿の上に、小さなバニラアイスを乗せていた。


「はい、デザートだよ。甘いものもほしいでしょ?」

「……プリンがよかったな……」

「大学生じゃなかったんかい! 食べてよー」

「うん」


 俊之は紗菜が小さく切ってくれた缶詰の桃をスプーンですくった。

 桃を口に含むと汁気が濃い甘みを放っている。

 匂いは相変わらず鈍くしか感じられないが、その濃すぎるほどの甘みが体の熱や痛みを癒やしていくようだった。

 ついつい、二つ三つと小さいスプーンで切って口に含み、舌で汁の塊を転がすようにしながら甘みを存分に味わった。

 そうしていると唾がどんどん出てくる。


 桃を半分食べ終えると、俊之はバニラアイスに手を出した。

 鮮烈な白と冷たさが印象的なバニラアイス。

 それを口に入れると、一種、快感のような冷たさと甘みが脳から胸まで通っていき、俊之は至福を感じた。

 口の中、熱でじわじわと溶けていくバニラアイス。その甘みは、滅多に感じられるものではない。風邪をひいている今だからこそ極上の美味である。


「風邪だから……だよなあ」

「ん、何?」

「風邪だから、紗菜なんかの料理でもうまいんだわ」

「はあ? 何それ。それじゃ普段の私の料理は不味いって言うの!」


 当然紗菜は怒る。

 俊之は黙々とアイスを食べる。

 紗菜の機嫌を取ることよりもデザートを食べ尽くす事の方が優先だった。


「もー! しょうがないな! おかわりは!?」

 そんな俊之の面倒をかいがいしく見る紗菜。

「桃とアイス」

 はいはい、と言いながら紗菜は空いた皿を受け取ってキッチンへと立った。

 その背中のエプロンの蝶結びを見ながら思う。


(風邪だから、だけじゃない。風邪の時の、恋人の味だ……)

 もう少し甘えていたいな。

 俊之は布団にごろ寝しながら、安らいだ気持ちで紗菜を待った。

2017/11/27 作者本人ページでも同作品を公開のため、注を追記

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