三角ビナの恐怖 (しまうま 作)
ふと思い立ち、普段食べられないものに、挑戦したくなることがある。
この日は食卓に三角ビナが並んでいた。
三角ビナというのは、その名の通り三角形の殻を持つ巻き貝だ。正三角形に近い、ずんぐりとした見た目をしている。地元の海岸を歩けば、いくらでも拾うことができる。
そんなに大きくはない。2、3センチくらいの貝だ。
これは殻のまま茹でて食べる。
巻き貝だから、身は殻の中にグルグルと渦を巻いて収まっている。
爪楊枝を刺して、この身をなんとか引きずり出す。
奥に引っ込んでいて、なかなか取れないこともある。その場合は、たくさん採れるわけだから、諦めてほかの三角ビナを手にすればいい。
取り出したものに、ポン酢をつけて食べる。
ものすごく美味しいのかというと、そういうわけでもない。
そもそも小さいから、味はいまいちよく分からない。
海岸で拾って、それを茹でて、一つひとつ引きずり出す。そうした工程を楽しむ食べ物だ。
ときおりヤドカリが混じっている。関係がないのに茹でられてしまい、さらには食べてすら貰えないその姿は笑いを誘う。
昔はよく食べていたはずのこれが、ある時期からまったく食べられなくなった。貝類はすべて駄目になった。
後天的にアレルギーになったのかもしれない。
しかし嫌悪感を抱いていたものではなく、どちらかといえば好意的な印象を持っていた食べ物が食べられないというのは理不尽だ。
いきなり今日から食べられませんと言われて、納得できるものではない。
だから、挑戦してみたくなる。
久しぶりに手にした三角ビナだが、うまくツルリと身を取り出すことができた。昔とった杵柄というやつだろうか。
奥の方に詰まっている部分は苦くて美味しくないから、別に途中で千切れてもいいはずなのだが、やはり最後まできれいに取り出せたほうが気分がいい。
取り出した身は、テカテカと光り、渦を巻きながら、次第に細くなっている。外に近い部分は白色で、奥に進むと暗い緑色に変化する。これを気持ち悪いと感じる人もいるだろうが、慣れていればなんてことはない。
ポン酢に浸して口の中に入れる。
その瞬間、口の中に磯の香りが広がった。
お腹の底から、冷たさが這い上がってくる。
頭が真っ白になる。
ただ危険が迫っているということだけ、感じとれる。
危機感から身体を動かせなくて、三角ビナを口に放り込んだ姿勢のまま、固まってしまった。
もちろん口も動かせない。
口の中に広がる磯の香りを吸い込まないために、鼻だけで呼吸をする。
次第に呼吸が荒くなり、汗も滲む。
これがどういう状態なのか、よく分からない。
マズいわけではない。昔はこれを食べていたのだ。
だがどうしても口を動かせない。
敢えて言うなら恐怖だろうか。
飲み込んでしまうと、恐ろしいことが起きる。
必死に心を落ち着けて、皿の上に、口の中の唾と一緒に、三角ビナを吐き出す。
遅れて、悲鳴が溢れる。
口の中に三角ビナがあったから、いままで悲鳴をあげられなかったのだ。
身体が震える。頭がグンと重くなり、食卓に叩きつけられそうになる。
両手をついて抵抗して、それでも頭は周期的に重くなるから、ヘッドバンギングのような動きをしてしまう。
傍から見れば馬鹿みたいな行動だろうが、本人はもちろん必死だ。ああ、いっそ食卓に頭をつけてしまえばいいと気づいて、自分から顔面を押し付ける。涎を垂らしたまま、発作が通り過ぎるのを待つ。
結局三角ビナを食べることはできなかった。
貝類はほとんどが駄目だが、たまに食べられることもある。魚は判断が難しくて、どうやら白身の魚なら、食べられることが多いようだ。これは料理法にもよる。
こんな風に曖昧だから、確認したくなる。昔は食べられたものが、あるとき突然食べられなくなったわけだから、同じように、いつの間にか食べられるようになっているかもしれない。そんな期待のせいもある。
大抵は、挑戦は失敗に終わる。何度も繰り返してわかっているはずなのに、どこかで納得できていない部分があるのだろう、同じことをやってしまう。
先日もホタテのヒモなら問題ないだろうと口にしたら、飲み込んだあとに悲鳴をあげて転げ回ることになってしまった。ヒモの部分など、もはや実質貝ではないと思う。なのにこのザマだ。やはり理不尽だ。




