「摂取」 (たびー 作)
※作者本人ページでも同作品の関連作品を公開しています。
メラミン樹脂の四つに区切られた皿をまえに、カイはいちど目をつぶった。
皿の上には、茶色く薄いウエハース状のものと、黄色の錠剤、赤く四角いキューブ、それに緑の楕円状のものが乗っている。ほかに、アルミパウチがひとつ。
いつものように茶色のものをつまむ。薄くて軽く口に含むと、ポキリと前歯で簡単に折れる。舌に砂粒のようなザラザラした粒子を感じる。
これといった匂いも味もない。それでも噛みしめていると、かすかに焦げるような匂いがする。
カイはいつも寝る前に必ず読む本に載っている写真を思い出す。
『全粒粉のパンのサンドイッチをバスケットに詰めて』
首をかしげて、口から響く音に耳を澄ませる。
パンって、こんな感じかな。でも、もっと柔らかいのかも知れない。
分からないけど。
向かい合わせて四列に机が並んだ窓のない食堂では、グレーの作業着を着た『臣民しんみん』がならんで腰かけ、無言で皿のものを口に入れている。動力室からの低い音だけが振動とともに響いている。
アルミパウチのキャップをねじ切り、半液状のとろんとした透明なものを吸うと、口の中に湿り気が行き届いて食事がのどを通りやすくなる。もちろん、味はない。
『デザートに果物たっぷりのゼリー』
小さくて透明なカップに入ったゼリーの写真を思い浮かべる。
きっと、ゼリーはこれと似ていると思うけど。クダモノって、なんだろう。
次には、赤い固形を口に放り込む。
歯にゆっくり力を入れて咬んでいく。何度も何度も咀嚼しないと、細かくならない。いきなり飲むと喉につまる。どういう仕組みか、咬んでいると汁が染み出す。あるいは自分の唾液だろうか。それでも、この汁は味がする。正確には鉄の匂いがするだけだが、文字で読む『塩気』とはこれのことのように思う。
緑の楕円状のものは、カイがふだん作業しているプラントの中で育てているものに色が似ている。
それから、食事とは別に定期的に配られて飲む薬とにた香り。
口の中で、ねっとりとした食感に変わる。口に入れたとたんに、粉状のものになるんだろうか。すぐに舌の上で崩れるのだ。
これはなんだろう。本の中にある写真のどれと似ているんだろう。
拉麺? お寿司? グラタン?
『お弁当をもって、ファミリーでレジャー』
どれも食べたことはないが。それに、『ふぁみりーでれじゃー』ってなに?
知らない言葉が多すぎる。
食べ終わった臣民たちが空の皿を持ち、ガタガタと背もたれのない椅子を引いて立ち上がる。
「カイ、いつまで食べてやがんだ。ほんと遅いな」
隣の席にいた年配の男が立ち上がりしなにカイの頭を小突いた。
カイは慌てて、残りの黄色い錠剤を全部口に入れた。かすかに泡立ち、すうっと溶ける。飲み下すと、作業場で使う漂白剤とおなじ匂いがした。
『一日のお仕事、お疲れさま。サングリアのお酒をどうぞ』
グラスを差し出す、長い髪の人間・・・・・・? あれは、何だろう。ほっそりとした白い指に、長い睫と赤い唇。自分の周りでは見たことのないカタチをしている。もしかして、『殿上人てんじょうびと』の姿なんだろうか。臣民には決して見ることのない、殿上人。
「行くぞ、カイ」
呼ばれてカイは立ち上がる。
擦り切れるほど見返している本に書かれていることも、載っている写真も、その意味の半分もカイには分からない。




