だから、異世界キャンプはやめられない! (奥沢 一歩 作)
肉の醍醐味は、やはりなんと言っても骨つき肉にかぶりつくことにあると思う。
そして、アネモラはまさにそのワイルドさを味わうのに最適な肉質を有している。
赤身と脂身のバランスが絶妙で、弾力はあるのに身離れがいい。
今日は岩塩とワイルドペッパー、アヒー、そこに今日はギジュガを加えてみたんだけど、これが大正解。
モンスター特有の個性的な薫りにスパイスが加わり、蠱惑的に仕上がった。口中に溢れるよだれを飲み込み、まだじゅうじゅう音を立てる肉塊に齧りつけば──最高!!
あふれ出る肉汁と溶け出した脂の旨味! 炭火でかりっと香ばしく焼かれた表面と、柔らかな肉の繊維を噛んでしだけば、口中でほどける! 骨まわりの腱を一気に歯で引き剥がすときの快感といったら!
ただ、この骨、ほんとはアバラじゃなくて歯なんだよね。
陸生イソギンチャクみたいなモンスターの。
つまり、ボクらがいま食べてるのは歯茎。
でも、おいしいから、ま、いっか!
こういうのを魔味というんじゃないかなあ。
ボクは自分の味覚が開拓されていくのをまざまざと感じている。
異世界に転じてきて、いちばん驚いたのは食事についてだった。
どれもこれも味が濃く、薫り──いや、当時はまだそれは「匂い」としかボクには認識できなかった。
野菜、果物……でも、いちばん驚いたのは肉の匂いだ。
日本で暮らしていたときには肉に匂いがあるなんて、意識したことは一度もなかった。そんなボクからすれば、この異世界:ファーラウドで出会った食料としての肉はどれもこれも匂う、いや、臭う、というのが正確な第一印象だった。
こんなもの食べられない、そう思ったよ。
だけども、空腹というのはすごいもんだ。飢えてると、あれほど嫌だった匂いが、美味しいものに感じられて……気がついたら味覚の方が変わっていた。
食事ってたぶん、いちばん素早く人間を改変する方法なんだと思う。
うまい、うまいぞ、ってどこかのグルメ漫画みたいに叫んだボクは、完全に覚醒してしまった。
つまり、料理に。
もっというと、素材から料理をこしらえることに。
それで、なんというか、気がついたら冒険者になっていた。
気がつけば「厨房の騎士」なんてふたつ名で呼ばれちゃってたりして。
「おい……迷惑な匂いだ」
そして、あろうことか教会からはつけ狙われている。
いま眼前で、調理したお肉に鋭い眼光を飛ばしてきているのは、ボクを裁くべく派遣された教皇庁からの裁判官だ。
「メルローズも……たべる?」
「くっ、魔物の肉などっ」
「でもなあ、手持ちの携帯食はみんなキミが食べちゃったんだ」
「んくっんくっ、おまえさま、そんな女、餓死させたらよいのじゃ」
お肉を美味しそうに食べていたロリババアなポーレイが口を挟む。
「いやあ、それはなんていうか……目覚めが悪いよ」
「わしらの命をつけ狙ったあげく、返り討ちにあった上に、この態度……すておけすておけ」
「なにおう、この病魔めが!」
「芳女。醸女と呼ぶ地方もある。病魔どもとは数千年も昔に手を切ったわ! だいたい、いまのおまえは、我が主の奴隷なのだぞ?」
「くっ」
まあまあ、とボクは美少女ふたりの口論に割って入った。
「せっかくの料理がさめちゃうよ」
ボクの仲裁に、芳女たるポーレイがふん、と唸った。同時にメルローズのお腹が……獣の唸り声かと思うほどの轟音で。
「ぶ、ぶはっはっはっ!!」
ポーレイが山葡萄を自前で発酵させたお酒を飲み干してから爆笑した。
「くわせろっ、おまえさま! この魔物の肉を、その女に食わせてしまえ!」
「くっ、やめっ、やめろおおお!! へんなもの、くわせるんじゃ、ないッ!!」
「好き嫌いはよくないぞえ〜。ふくく、やれっ、やってしまえ、主殿。この女に理解させてやれ!」
「……なんだか、悪いことしてるみたいな煽り方やめてほしいなあ」
でもポーレイの言うことはもっともだった。メルローズはこの二日ほど、わずかな木の実と岩塩、水しか口にしてない。
「一口、どう?」
「し、しんでも食べるものかっ。ら、られがっ」
「よだれが垂れとる垂れとる。呂律が怪しい怪しい。……面倒くさい女じゃなあ。もう主殿、命令してしまえ!」
「しかたないね。よし、メル、食べろ!」
ボクの命令とともに彼女に押された奴隷の烙印が効力を発揮し、彼女は肉にかじりついた。その瞳が見開かれ、涙がこぼれ落ちる。
「……どう? あの、ホントにダメなら、出していいよ?」
「おい……ちい、おいしいのお、コレだめ、だめえ、頭がおかしくなっちゃう、わたしダメになっちゃううう」
おそるおそる訊いてみたボクの予想に反して、メルローズの反応は劇的だった。
「お肉がこんがりで、スパイスがしっかりで、お塩が、脂が甘いのおおおお」
「こんだけ即堕ちだと、さすがにヒクわ」
ポーレイは辛辣だったけど、ボクは理解してもらえたみたいでうれしい。
ふた切れ目を手渡すと、メルローズは号泣しながらかじりついた。
よかった、ボクたち、わかりあえそうだ。




