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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第一回 ヒトメボレ描写企画(2017.3.25〆)
7/268

 (陶兎 作)

※カクヨムにて、作者本人により同作品を公開しています。

 タララタンタタン。

 タララタンタタン。

 ポケットの中から木琴を叩くような音が聞こえる。ブルブルと振動が太ももに伝わった。少年はスマホをポケットから取り出すと、利き手の手袋を外して画面に表示されている通話のボタンをタップした。吐息が白い綿になって空気に溶ける。急に冬の空気に晒された指先がじんと痛んだ。

「何――」

『あのさあ〜、来る時コンビニで温かいの買ってきてぇー!』

 通話が繋がった途端に耳がキーン、とした。少年は顔をしかめながら少しだけスマホを耳から離す。向こうから聞こえてくる音には、テレビの音が混じっていた。

「……コンビニってお前の家のすぐ下じゃん……自分で買えよ」

『外出たくない』

 仕方ねえな、と答えるしかない。通話を切ると、手袋をはめ直した。スマホについた指紋をその指先で拭う。北風が吹き抜ける。寒い。少年は歩みを早め、マフラーを口元へと持ち上げた。その中で息を吐くと温かいが、メガネが曇る。右のレンズだけ妙に曇るのが気になったけれど、マフラーを少しずらしても直らなかった。諦めた。

 友達の家の近くに至れば、自動車の吐き出す排気ガスたちが道に白い綿埃のような形を落としていくのが見えた。少年はコンビニに潜り込んだ。温かい。店内には、クリスマスの音楽が流れていた。軽く口笛を吹いて合わせる。

 コンビニを出ると、再び寒い。急いで隣のアパートの階段を上った。カン、カン、と靴音が反響する。息が上がる。相変わらず視界は右だけ曇っている。息を整えつつ、目当てのドアの前でチャイムを鳴らした。十秒待っても足音はない。もう一度押してみる。やっと足音が近づいて、少年はカサついた下唇を舐め潤した。そろ、っとドアが開く。少年は鼻を鳴らして、その隙間にさっと潜り込んだ。

「はー、寒かった。ほら、買ってきたぞ」

「え、わ、ちょ、誰ですか」

 ……室内の熱が少年の頬を温かい両手で包み込むようにほんわりと撫でてくる。また右だけ曇って役に立たない視界を、少年はおそるおそる左上の方へずらした。ふわりといい匂いがした。

 葡萄。巨峰。水に濡れたそれによく似た瞳の中に、少年が映っていた。まつ毛が長い。長すぎて少年の顔にその先端が触れそうなほど。少年は、まず目の前の誰かの目を認識して、次にその三日月のように容の良い眉を見て、すっと通った鼻筋を見て、血色の良い淡い橙色の小さな唇に惹かれ、その真っ白な首筋を認識して。

 メガネがぼっと曇った。左のレンズも半分曇った。曇ってよかったかもしれなかった。心臓がばくばくである。なんだこれ。目の前に美人がいる。誰これ誰これ。芸能人? 見たことない、てか、なんでこんな近いの。ねえこれ何?

 もしかして俺、

 お家間違えましたあ?

「あわわわわわわ」

「おわ、だ、大丈夫?」

 一気にメガネを曇らせて慌てだした少年を、目の前の美女はむしろ気遣ってくれる。優しくないか。この人大丈夫か。メガネの曇りが取れない。くそ、美人の顔もっと見たいのに見えねえ……あっ、そうか外せばいいんだ!

 少年は手をメガネにかけようとした。そして指先で、弾いた。カン!

 少年のメガネは美女の家の玄関の奥へ飛んでいった。

 無言。硬直。開いたままのドアの隙間から部屋の温かさが抜けていく。まるでブリザドの呪いを受けたみたいだ。

「ふっ、く、くくく、うふっ」

 やがて美女は口を手で隠して、笑い声を押し殺した。笑うと目が線になった。あんなに大きな目をしているのに。口を覆う手も真っ白で、指が細くて、華奢だった。完璧だ、と少年は思った。美女は「ごめんね、ドアちょっと支えてて」と言って、メガネを取ってきてくれた。少年はぎこちなくドアにもたれた。

「はい、どうぞ。傷はついていないみたいだよ」

 声も可愛いとか完璧かよ。好みです。はい、すみません。受け取ったメガネのレンズを手袋の指先で拭くけれど、指紋は広がるばかりである。眼鏡をかけて、しどろもどろになりながら頭を下げた。またレンズは曇った。

「す、すみません。入る家を間違えたみたいです」

「ふふ、そうかなあと思った。焦ったなあ……何階に行く予定だったの?」

「六階に……」

「ああ、ここ五階だよ。ほら、ね?」

 美女が外を指さすので一緒に覗き込めば、確かに503と番号が振ってあった。部屋番号、覚えましたありがとうございます。じゃなくて。

「えっと、ほ、本当にすみませんでした……!」

 もう一度頭を下げる。距離が近すぎた。頭がゴンと美女の胸にぶつかった。突然のふわふわ……じゃなくて!

「もおーーーほんとにすみません! 失礼しました!」

 少年は、その場から脱兎した。階段の中央まで上って、蹲る。しばらくの静寂の後、微かな笑い声が聞こえ、ドアの閉まる音でかき消えた。

 階段の壁にもたれて、はー、と少年は長い息を吐いた。息は真っ白に染まり、綿雲のようにもくもくと辺りを漂った。まだ心臓はどきどきとしている。口元がもにょもにょとにやけていく。そのまま階段を上り、チャイムを鳴らす。少年は鍵の開く音もあまり聞いていなかった。今度お詫びの品を持っていこうか。どうやってお近づきになろう。口元をマフラーで隠せばますますメガネは曇った。

2017/07/23 作者のカクヨムページでも同作品を公開のため、注を追記

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