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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第三回 妄想お食事会企画(2017.11.25正午〆)
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幻のTKG (小坂みかん 作)

「君は〈宇宙トカゲの卵〉を食べたことがあるかね?」


 私は眉間にしわを寄せると、そっと耳打ちしてきた老紳士を見返した。美食倶楽部の会長である彼は、新入りの私を試すかのように笑うと何度も小さく頷いた。


「そう怖い顔をしなさんな。君の気持ちは分かるよ、痛いほどね。私だってその話を聞いたとき、我が耳を疑ったものさ」


 会長は心なしか残念そうな表情を浮かべると、私にその噂について話してくれた。それによるとロズウェル事件以降、私達が知らないだけで実はたくさんの宇宙人が地球を訪れているのだという。その宇宙人が連れていたペットの〈宇宙トカゲ〉が逃げ出してひっそりと地球で繁殖しているらしく、この卵というのがまた想像を絶する逸品なのだとか。

 というわけで、私は今、アンデス山脈に来ている。ここに至るまで、本当に大変なことだらけだった。件のトカゲは酸素の薄い場所でしか生息できないらしく、しかも標高六千オーバーでないと存在すら叶わないそうなのだ。極めつけは、トカゲの肉や卵を得て下山しようものなら急速に腐敗が進み、超硬合金ですら溶かす劇物へと変化するということで、食べたかったら現地で食べるしかないのだとか。――会長がこの話題に触れた際にがっかりしていた理由はここにある。何しろ、富士山の倍ほどもある標高を登らねばならぬのだ。そのような芸当ができるおじいちゃんは、某雄一郎さんくらいだろう。つまり、会長にとってこの卵は夢のまた夢なのである。


 数々の苦難と大冒険と、よく分からない生物とのB級映画張りの激しいバトルを乗り越えて、私はとうとう〈宇宙トカゲの卵〉を手に入れた。肉は残念ながら、それらしい生物がバトルの最中に足を踏み外して下界へと落ちていったので手に入らずだ。きっと今ごろ、ヤツはマチュ・ピチュの片隅に穴を開けていることだろう。


 私は嘆息つきつつ、安全に調理に取り掛かれる場所まで戻ってきた。――これから、私は幻のTKGを食すのだ。

 日本人のソウルフード・卵かけごはんをアンデス山脈でだなんて、インカ帝国人もびっくりである。もちろん私も驚いている……と言いたいところだが、そんな余裕は皆無だった。まず、お湯が沸かない。そして、ひたすらに寒い。先ほどの戦闘も相まって、私の空腹は極限まで来ている。なのに、お湯が沸かないのだ。

 燃えるガソリンの油臭さに泣きそうになりながら、ついでにそれで暖をとりながら、私はひたすらお湯が沸くのを待った。何とかお湯が沸いたところにインスタントご飯を投入して湯煎し、ようやくご飯ができあがったというころにはあまりの辛さに泣きそうになっていた。でも、泣いたら最後だ。涙が凍って目が開けられなくなる……!


 ご飯を丼に移して、冷めないうちにと卵を割り入れる。割るというよりも、破るというほうがしっくりきた。グレープフルーツほどの大きさのそれは、硬い殻ではなくぶよぶよとした膜で覆われたものだったのだ。

 殻をちぎって器に落ちてきたのは、驚くほど真っ赤な卵黄だった。白身はほとんどなく、怪しげなルビーがぶるんと白飯の上で震えていた。箸でつつくとねっとりと広がっていったのだが、粘り気が強すぎてご飯を覆い尽くすまで中々に時間がかりそうだった。悠長に待ってはいられないので、ガシャガシャと撹拌する。すると燻製のような香ばしいような、少しばかりツンと鼻につくような香りが辺りに漂った。


 早く食べないと凍ってしまう。――そう思った私は、慌てて丼を掻き込んだ。どうしよう、美味しかどうか、さっぱり分からない。きっとこれを美味しいと感じた人は〈苦労してここまで来て、ようやく食せた〉という感動でもって、これは美味であると感じたのであろう。もしかしたらきちんと美味しいのだろうが、私はむしろ食べることによって〈生きていることへの喜び〉を感じてしまっていた。これは高山登山あるあるなので、伝説の味に対しての感想とは言い難い。嗚呼、でも――こんなの、食べたことない! 舌が全包囲されるほどのねっとり感! ガツンと頭を殴ってくるようなコクはチャツネやソースのように野菜や果物を煮込んだものにも似たような深い味わいなのに、決してクドくない! 醤油持ってきてたけど、全然いらなかった! むしろ、これに醤油を垂らすだなんて罪深いの一言だわ! 酸というか鉱物臭というかがほんのりと鼻を抜けていくけれど、それを感じるたびに身震いが起こって止まらない!


「嗚呼、嗚呼、生きててよかった……。食べることができてよかっ……たあああああああ!?」


 思わず、私は絶叫した。嬉し涙を拭った瞬間、頬に鱗のような硬いものを感じたからだ。どうやら私は幻食材を頂いたことによって宇宙のミラクルまで取り込んでしまったらしい。――グルメハントの過酷さをまざまざと感じさせられた瞬間であった。なお、脱皮して元通りに戻るまでにお肉のほうも頂いたのだが、それはまた別のお話である。

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