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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第二回 因縁のラストバトル企画(2017.7.22正午〆)
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セッション (犬井作 作)

銃器監修:友人K

 横道に隠れると、壁の端を九ミリ弾が抉り抜いた。リーの考えは読まれていた。躱せたのは反応が早かったからだ。僅かでも遅れていたら、銃弾は間違いなく横腹に突き刺さっていた。年老いてもリドリーの腕は衰えていない。リーは唇を舐める。口の中に砂のざらざらした感触が広がった。

 リーは石畳に唾を吐くと、薬室の残弾を確認し、空になったマガジンを換装する。

 シグザウェルP226――夕陽に輝く曇りなき鈍色のボディを目にして、リーの手が止まった。 

 シングルアクションオンリーへの改造に加え、握りやすいカスタムグリップとタイトにされたスライドの噛合せ。リーの性格を気遣ったカスタムは、養父の息遣いを感じさせる。

 俺はこいつで、本当にリドリーを撃てるのか?

 湧き上がった不安は駆けていく足音で振り消される。慌てて顔を出すと、トランペットケースを背負った後姿が小さくなっていくところだった。いま構えても当てられない。リーは道に出て、想い出だけが残った街を走る。

 荒廃した路地(ストリート)に、かつては確かに生活があった。リーは砂埃のカーテンの向こうに幼き日々の幻影を見た。

 穏やかな陽の下で、リドリーのトランペットに合わせてリリィと連弾した。水と戯れるような歓喜に満ちた、最高のセッションだった。

 血縁はなかったが家族だった。リリィの死後もリドリーとずっと一緒だった。

 それなのに。リーは奥歯を噛みしめる。

 どうして組織を裏切ったんだ、リドリー。

 黒い背中が徐々に大きくなっていく。彼の速度は記憶のそれよりも明らかに遅かった。痛々しさにリーは耐えられない。

「リドリー!」

 叫んでも、返事はなかった。リーは脚に力を込めた。距離はみるみる縮まっていく。

 リドリーが振り向き、苔色の双眸がリーを捉えた。皺の深い口元が、嬉しそうに綻ぶ。

 突如リドリーは方向転換し、道沿いの屋敷に飛び込んだ。リーはその後を追いかけて、門の前で思わず足を止めた。

 それはところどころに火災の傷痕を残しているが、かつての風姿を留めていた。

 二階建ての白い屋敷――かつて三人で暮らした家。

 リーは右手の愛銃をぐっと握りなおすと、荒れ果てた庭を抜けて中へ踏み込んだ。

 十年前の襲撃で、エントランスホールを彩っていたステンドガラスは砕け落ちている。ホールに続く一直線の廊下の床一面、血飛沫のように極彩色のガラス片が飛び散っていた。

 壁の影に隠れながら、リーは夢の残滓を避けて通る。

 ホールの目前で足を止める。

 殺気が肌に突き刺さる。

 リドリーだ。

 リーは深く息を吸って、ホール中央のマルス像に駆けた。

 その足取りを追うようにして銃声が響く。石膏像は九ミリ弾に無残に打ち砕かれた。屈んで台座に身を隠したリーの爪先を掠め、弾丸は床に穴を開けた。

 八発目が響くと同時に顔を出し、二階に続く階段に立つリドリーを狙う。撃ちながら、階段に走る。

 リドリーは一目散に登りきり、二階の廊下に逃げ込んだ。

 追いかけたリーは廊下の手前で立ち止まる。

 窓のない廊下に暗闇が広がっていた。リドリーの姿は見えず、ただホールから差し込む陽射しを受けて散らばった破片がキラキラと光っていた。

 リーは愛銃をまっすぐに構え、感覚を澄ませる。

 リドリーの革靴の音が、やけに遅く響いてくる。

 永遠にも思える刹那が静寂をもたらす。

 革靴がガラス片を踏み砕いた小さな絶叫が、終幕の合図だった。

 トリガーを引く。炸裂音、鼻をつく硝煙の臭い。放たれる、熱い鋼の牙。

 手応えのある音が、暗闇にむなしく響いた。

 それでも、リドリーは歩みを止めなかった。乱暴に扉を開く音に続いて重たいものを床に置く音。廊下の脇の小部屋に逃げ込んだらしい。

 リーはゆっくり彼の足跡をたどった。

 窓枠だけがかろうじて残った殺風景な部屋でリドリーは待っていた。その脇に、リーの帰りを待ちづつけていたグランドピアノがあった。

「一曲どうだい」

 年老いた大木のような声。一音一音に、朽ちていくような危うさがある。

 当然だ。リドリーは太腿から血を流している。大動脈を、リーが撃ち抜いたのだ。

「そんな野暮なものは放っといて、おれたちは、こいつで締めくくろうじゃないか……」

 息を呑んだ息子にそう言うとリドリーは、震える手で、ケースからトランペットを取り出した。

 形にならない言葉が喉元にせり上がった。思わず一歩進むと、リーのつま先になにかがぶつかり重たい音を立てた。そこには役目を終えたリドリーのP230が転がっていた。

 リーはリドリーに目線を戻した。彼はマウスピースを挿し込んだところだった。目線に気づくと彼は顎でピアノを指した。 

 リーは力の入った右手の指から、ゆっくりと力を抜いた。そうして、養父の拳銃に己のものを添わせた。

 幼少期の自分の高さに合わされた、ホコリまみれのピアノ椅子に腰を下ろす。

 顔を上げるとリドリーは微笑み、トランペットを構えた。

 合図はいらなかった。

 大気を震わす末期の生命に、調律の狂った鍵盤が絡みあった。

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