最後の夏、最後の拳 (橙山ロボ富 作)
:インターハイ県予選
:個人組手準決勝第2試合
「ぢェやぁッ!」
発声とともにマットを蹴り、メンホー(頭部防具)を打った拳を引く。
残心。
副審の旗が動き、主審の声が響く。
「赤! 上段突き有効!」
有効が入った。これで3ー0。
開始位置に戻って奴と向かい合う。
目が合うと、「やるじゃないか」という表情を浮かべてきた。
バカ野郎。
やるのはこれからだっての。
今日こそは俺が勝つ。
「始め!」
主審の合図でお互い動く。
俺は拳の、奴はあの長い蹴り足の間合いに。
互いの間合いのギリギリ外で、互いに踏み込むタイミングを探る。
この三年間で奴の呼吸は知り尽くしているし。
「はッ!」
「っ!」
奴だって、俺のことはよく知っていた。
「青! 中段蹴り技あり!」
出の早い奴の右足が一瞬の隙をついて俺の腹に刺さる。
技ありが入って3ー2。点差を詰められる。
「続けて、始め!」
コノヤロウ。相変わらずいい蹴りじゃないか。
初めて戦ったときからいっそう鋭くなりやがって。
けどなぁ。
「ア゛アァイッ!!」
俺だって強くなったんだよ。
「赤! 中段突き有効!」
飛んでくる蹴り足を払いながらの中段。
今度は俺のほうが上手かった。
カウンターを取って4ー2。さらに突き放す。
「始め!」
そしてここで残り時間が1分を切った。
あと半分か、まだ半分か。
どちらにせよ、このまま終わると思うのはムシがよすぎるな。
「せぃやっ!」
「くっ!」
左足。胸元に伸びてくる。
なんとか右手で受け、こちらからも踏み込もうとしたら。
「――っ!?」
奴がさらに詰めてきた。
片足で!? 軸足を滑らせたのか!
俺の突きの出を抑え、左足がマットに付くと同時に。
「たあっ!!」
俺のメンホーに奴の蹴りが入った。
どこから来たのか一瞬分からなかったが。
「……なるほど」
跳び下がった奴を見て理解した。
後ろに跳びながら右足で、俺の左肩の外から蹴り込んできたのか。
肩口の後ろからの蹴りは俺の視界の外、死角になっていたわけだ。
しかしクソ、これで。
「青! 上段蹴り一本!」
一本が入ってついに点差がひっくり返った。
4ー5。
今度は俺が追う立場になった。
「始め!」
今まで以上に攻め手を出す必要がある。
このまま時間切れになったら負けだ。また、――負ける。
「……って、んなこと……!」
認められっかよ!
「シャオラッッ!」
打つ、打つ、打って踏み込んで、さらに打つ。
手技の早さと多彩さが俺の武器だ。
うまく蹴りをかいくぐって奴に密着して……!
「アァ゛アイ!」
離れ際、奴の側頭部に背刀打ちを入れた。
上段打ち有効。
5ー5の同点。
まだまだ、だ!
「チ゛ェェイッ!」
中段突き。
防がれたがもういっちょ!
「ヤ゛ァアアアアッ!」
「赤! 上段突き有効!」
フェイントを織り混ぜながら手を出し続ける。
そのうちのひとつが奴を捉えた。
6ー5。再度逆転。
「続けて、始め!」
時間も残り30秒を切った!
このまま……!
「やるね、けど――」
そのとき奴の声が聞こえた気がした。
「勝つのはボクだよ!」
いや、負けず嫌いな奴の目が、そう言っているのか……!
「はいっ!」
伸びてくる右足を叩き落とす。落とした、はずなのに、
「っ……!?」
なんでまだ、そこに足が……!?
「はいぃいっ!!」
俺のメンホーが弾けた。
奴が残心を取る。
「青! 上段蹴り一本!」
これで6ー8。
だが、それよりも。
「てめェ……!」
なんだそれ。
いつの間にそんな面白いモン身に付けてきたんだよ……!
蹴り足のくせに妙に力が入ってないと思ったら。
最初から俺に払わせるつもりで。
払ったと思って意識を逸らした俺を、膝から先だけぐるりと回して蹴ってきたんだな。
そんなの、今日の大会で初めて見たぞ。
「いいでしょ、頑張って覚えたんだ」
開始位置に戻った俺に、そう言わんばかりの笑顔を向けてくる。
ああ、いいな。
やっぱ最高だわお前。
俺との戦いのために今まで使わずにとっといてくれたんだな。
そう思うと自然と俺も笑みがこぼれた。
残り15秒。
主審の声が響く。
「始め!」
互いの間合いで呼吸を読み合う。
奴はもう待ちの姿勢か。
当然だな。
2点差あるんだ。俺の拳じゃ1点ずつしか詰められない。
ならばあとは逃げ切るだけ。
そう思ってるんだな。
普通はそう思うもんな。
けどな、この戦いのために奥の手を用意してきたのは、
「……俺も一緒なんだ、ぜ!」
踏み込む。深く。
奴との距離を潰す。
奴の右足。迎撃に伸びてくる。
狙いは。
腹か。
そうだよな。
いつもそうだったもんな!
だから俺は。
「カァッ!」
蹴り足を掴む。
いや、正確には、脇に抱え込んだ。
伸びた足を押さえ、固定し、さらに踏み込む。
奴の左肩、掴んで後ろに引く。
同時に残った左足を刈った。
「なっ!?」
倒れた奴の驚いた顔に、拳を打ち込んだ。
「ア゛アァイ!」
残心。
永遠にも思える一瞬の後、副審の旗が動く。
主審の声が響いた。
「赤! 上段突き一本!!」
決まった。
そして、時間が尽きた。
「9ー8! 勝者、――赤!」
勝った。
俺は泣いて、笑ってる友と握手した。




