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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第二回 因縁のラストバトル企画(2017.7.22正午〆)
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竜剣鍛製 (Veilchen(悠井すみれ) 作)

 囮の牛の首を刎ねて腹を割くと、辺りには直ちに血臭が満ちた。人の身には悪臭だが、()には美味い獲物と感じられるだろうか。竜の感覚は鋭敏で、山一つ隔てたとしても血の臭いを嗅ぎつけるとは言うが。

 まあ、心配する必要はないだろう。牛は念のために過ぎない。本命の囮は彼の手の中にあるのだから。彼の手に握られた――それは、巨大な剣だった。


 魔力と()()を遮断するための鞘から抜いて、軽く構えた状態で、剣先は地を抉るほどの長さがある。柄は飾りけなく、皮を巻いて滑り止めにしただけ。そして刃の輝きは鈍く、見た目にもなまくらだと分かる。この剣はまだ、完成していないのだ。刃を輝かせ、世にも稀なる魔も呪も絶つ力を備えさせるには――


「――来たぞ!」


 緊張に乱れる息を整えるべく剣を握り直した、その瞬間。叫びと共に空が翳った。


 見上げれば、山稜を越えて巨大な影が舞い上がっている。太陽の輝きは皮膜越しにぼやけ、翼が巻き起こす風が、この距離でも砂塵や草葉を吹き上げて人の視界を乱す。鋼の色に輝く鱗、怒りを湛えて灼熱する眼球、炎を纏って黒煙を上げる牙と爪。――近隣の山を統べる巨竜が、まんまと誘い出されてきたのだ。


 人がその威容に息を呑まれる間に、その影はみるみる近づいて、雷鳴さながらの咆哮を放つ。


「――――!!!!」


 同時に吐き出された炎の渦が、囮の牛を炭に変えた。周囲の者たちは――辛くも転がって逃れたようだ。石弓に、呪を織り込んだ鉄の網、術師は杖。それぞれに備えた得物を手放していないのは、さすが正規の騎士団といったところか。


「何をしている。さっさと足止めを!」

「分かっている!」


 彼が怒鳴ると、この場の指揮官が苛立ったように答えた。彼を睨みつけたのも一瞬のこと、その右手が振り上げられ、勢いよく下ろされる。それに応じて、数十の矢が竜を襲う。

 一本一本に魔力が込められた特製の矢。それでも、無論、竜の巨体が鋼の鱗が、さほど痛痒を感じるはずもない。ほとんどの矢は竜が吐く炎に焼き落とされ――しかし、煙が収まる前に、鷲の姿に造られた使い魔たちが、魔封じの網を投げ落とす。


「ぐっ……!」


 その霊鳥たちも、炎に焼き消され、あるいは苛立つ竜の牙や爪で叩き落されていくのだが。魂の――欠片とはいえ――一部を削られた術師がよろめく中、しかし、竜は地上に縫い留められた。皮膜には何か所か穴が穿たれ、巨体を鉄網で覆われて。卑小な人間(エサ)にしてやられた屈辱と怒りのためにかますます猛り、激しい炎を吐いては爪牙で地面を穿っている。


「止めは貴様だ。しくじるな」

「当然」


 指揮官に対して、彼は短く頷いた。激しく吠える竜の牙、その一本が欠けているのを見て取って、決着の予感に高揚しながら。


 竜とは人など足元にも及ばぬ力を備えた生き物だ。単純に爪や牙や骨格の巨大さ頑強さから言っても、その身に蓄える魔力の総量から言っても。

 だから、竜の牙は魔剣の最高の材料になる。ただし抉り取っただけでは――それも難事には違いないが――多少丈夫な素材でしかない。万物断ち斬る魔力を植え付けるには、竜の本体の力を全て注ぎ込まなくては。

 竜を斃したら、まず牙を切り取り、次いで心臓に突き立てるのが古の人が生み出した作法。竜の巨体を支える血を、最も鋭い牙に吸い込ませることで、偉大な生物の力の全てを奪うのだ。そうすれば、竜が生きていた時と同様に、全てを切り裂き炎を生みさえする力を未来永劫に渡ってその剣は失うことはないだろう。


 彼はかつて竜狩りに失敗した。牙を奪うところまでは良かったものの、手負いの竜の抵抗、その激しさを見誤った。得ることができたのは、希少とはいえ獣の身体のほんの一部だけ。友や仲間を喪い、誇りを折られた代償にはとても足りない。


「これを……取り返したいのだな?」


 囚われた竜の前に進み出ると、一際大きな咆哮が怒りを伝えてくる。人風情に傷を負わされた屈辱は、竜もしっかりと覚えているのだろう。だからこそ、この未完成の剣が囮になり得た。


「そうか……!」


 彼目掛けて吐き出された炎を躱しながら、竜牙の剣に魔力を込める。大量に血を失う時のようなくらりとした感覚と共に、剣の刃が輝いていく。人ひとり程度の力であっても、竜の頭蓋を砕く一撃――一撃だけならば、牙のあるべき力を引き出すことは、できる。


 闘いを見守る騎士団の面々が、彼の背後で身構えているのが分かった。竜退治は名誉でも、それだけのため、彼だけのために動くことなどあり得ない。もしも彼が敵わず倒れたら、牙を譲るのが条件で助力を取り付けた。だから彼らは彼が敗れるのを期待している。死んだ彼の手から、事前に決めているであろう順番に従って剣を奪う準備をしている。


 だが、そうはさせるものか。これは彼の獲物、彼の因縁なのだ。


「――行くぞ」


 勝負は一撃。爛々と輝く竜の目を睨みつけ、低く呟くと。彼は剣を構えて地を蹴った。

2017/07/23 一部修正

2018/05/23 作者名変更のため更新

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