煩わしき六の縁 (甲姫 作)
いつの間にか没ネタとなってしまった、作者の旧い妄想から掬って書き出しました。
立ちはだかる扉を、青城秀壮は平然と蹴破った。
「来たか。若造」
部屋の中に踏み込むと、艶めかしい、男の声が迎える。
男の放つ威圧感が秀壮の肌を逆なでした。冷徹な殺気だ。大抵の生物は、きっとこれだけで失神してしまうことだろう。
「来てやったぜ、老害」
秀壮は大抵の生物の内に含まれない。高層ビルのガラス張りの最上階におよそ似つかわしくない彼は、ジーンズのポケットに両手を突っ込んだまま、軽い足取りで広い部屋を横切って行った。
床に死屍累々。壁には血痕。辺りに充満する汚臭。それらは秀壮にとっては日常だった。
ひとつだけ慣れない臭いが混じっている。
「俺の子分どもを焼肉にしやがったか」
屍の山の上でくつろぐ人影に言う。
「悪く思うな。配下同士でやり合わせていてはいつまでも埒が明かない。ここも拮抗したものでな、ほんの少し干渉した」
その者は深紅の狩衣と腰まで伸ばした真っすぐな黒髪といった、時代錯誤な風貌をしていた。しかも白い肌とつり上がった切れ長の目と薄い唇、眉目秀麗としか形容できない人間離れた美貌だ。
実際に人間ではない。
上頭部の毛深い耳と、狐の毛並みを彷彿とさせる六本の大きな尾を持った奴が人間であるはずがないが、派手な水色の髪を除けばそこらの若者と大差ない恰好の秀壮もまた、人間ではなかった。
双方ともに瞳孔が縦長だ。
人間と姿形が似ただけの、獣という名の妖怪である。
「つってもお前まさか自分の子分も巻き添えにしたのか」
「細かい操作は苦手でな」
「あー、攻撃が大味なのは俺もお前も一緒だったな、鈴宮六尾」
秀壮はだるそうに頭をかいたが、頭の奥では鋭い光が閃いた。
――やっとこの時が来た。
獣が人間界をかけて戦争をし始めてから幾年。人間社会に紛れた獣の存在を悟られては面倒だからと、この男と正面から戦うのはなるべく避けてきた。しかしもうそんなことを気にしなくてもいい段階にある。
「要するにボス同士でやり合えばいいんだろ」
口元が吊り上がる。秀壮は己の生命力を覚醒させ、身体中に巡らせた。
髪が逆立つ。空気が震える。
同じく、相手も邪悪な笑みを浮かべた。
「身の程を知らせてやる。貴様の配下も酔狂よな、たった二十七年しか生きていない童に忠義を誓うなど」
「忠義ぃ? みんな俺の目標に共感してるだけだ。人類は必ず、滅ぼす」
「それが愚かなのだ! 人は支配する価値がある!」
瞬間、熾烈な熱風が生じた。遅れて大量のガラスが砕け散る。
六本の尾から伸びた烈火が迫る――
「流!」
ある名を呼んだ。背中の刺青を媒体に体内に憑依している太古の存在が、秀壮の精神力によって形を成し、生命力により具現化する。
巨大にして長大。
龍の形をした清水の奔流が現れ、青年の身を守るようにとぐろを巻いた。
火と水が衝突する。すぐさま龍は蒸発した部分を再生した。
揺れる視界の先で、六尾がひらりと宙を舞った。
「青城のご神体か。確か天龍家の血族には六匹伝わっていたな!」
笑いながらも敵は火の玉を次々と飛ばしてくる。「流」の水で防壁を作りながら、秀壮は腕の刺青から「雹」という名の龍を呼び出した。
火の玉には氷の玉。
弾幕を細かく相殺していくような制御はできないが、流の負担を減らすことはできた。
(六匹の龍と六本の尾。嫌な偶然だぜ、全く)
火の流れ弾を避けながら、秀壮は走った。一度に出せる龍の数は二匹まで、勝ちたければ術者との間合いを詰めるのが先決だ。
だが炎の輪が床から素早く立ち上って行く手を阻んだ。
性質からして攻防一体、炎とは実に厄介だ。
Tシャツの裾に燃え移ったのと同時に、秀壮は地を蹴って跳び蹴りのモーションに入った。
――バチッ
雹の具現化を解除して「奄」と入れ替える。
閃光、轟音。
風通しのいい室内で、稲妻が走った。
(手応えアリ)
しかしここで気を抜けない。鈴宮六尾と言えば、何百年も獣の界隈に君臨してきた生涯現役の上位個体だ。
案の定、瞬く間に奴が熱風と共に飛びかかってきた。死体を障害物にして難を逃れたようだ。
「流れるような多彩な術式、若いが才を認めざるを得ない……敵であるのが惜しいぞ。なにゆえ人間を滅ぼさんとする」
青く燃え盛る剣が、流を切り裂いた。再生する間もない。
「んなもん、私怨だ!」
秀壮は奄を飛ばして応戦した。
「つくづく貴様とは相容れんな」
「今更だろ」
電撃を軽やかにかわしていた六尾が、どんどん後退する。背後が割れた窓だけとなっても奴に焦りはなく、「おや」と口を動かしただけだった。
秀壮は左胸の刺青に爪を立てた。
「死ね、鈴宮! お前を倒して、俺は地球上のあらゆる生命を掌握する!」
「やってみるがいい。死ぬのは青城の小僧、貴様だがな!」
化け狐を中心に火柱が立った。
一方、最も凶悪で強烈な天龍たる「震」が顕現し――
コンクリートの天井が吹き飛んだ。




