(葵生りん 作)
現在推敲のため検索除外にしております「竜人王国と純白の竜」より抜粋し、企画用に加筆修正したものになります。ご了承ください。
石畳が撓むほど重い足音を響かせ、一匹の竜兵がゴーシュを背に庇うように進み出て、シオンの前に立ち塞がった。知能も知性もないはずの竜兵が王であるゴーシュの命なく、だ。
「うん? どうした、一号」
一号と呼ばれた竜兵は威嚇の唸り声を上げる以外の反応は示さなかったが、対峙しているシオンはその目に確かな意志の光を認めた。命じられたからではなく、己の判断で主君を守るという強い意志を。
人間の2倍はあろうかという巨躯を燻銀の王国騎士団の鎧で包み、身長ほどもある大盾と幅広の両手剣を軽々と片手で構える姿、愚直なまでの忠誠心――それらにかすかな既視感を覚えて眉を顰める。だが仮に人間であった頃の容姿を知っていたとしても、竜兵へと転じた蜥蜴の顔にその面影が残っているとは思えなかった。
「グ、ォォォオオオッ……!」
一号の咆哮に応えるように、背負っている愛剣が鞘の中でリィンと鳴いた。
――この剣は私の誇りだ。
突如閃めいた台詞に、はっと息を呑む。
「………ま……さか……カラム……!」
それは最強の騎士の誉れ高く、《国の盾》の二つ名を持っていた騎士団長の名。そして今はシオンが愛用している剣を自らの誇りとして大事にしていたくせに、唐突に送りつけてきて行方不明になった男の名でもあった。
一号は呼びかけになんの反応も見せず、ただ獣のように唸り、シオンを睨んでいるだけだった。けれどその立ち姿を見ていればすとんと心に落ちるものがあった。こんな異形の獣にされてもなお王を守らんとする強靱な意志を、彼以外の何者が持ち得るだろうか、と。
「王家を盲信するのはやめたんじゃなかったのか!!」
やりきれない怒りが喉を裂かんばかりに迸る。と、一号の背後からくくっと喉の奥で笑う声が漏れた。
「昔の名など忘れたが、この男は儂に意見しおった」
ゴーシュは悠然と王座に座したまま、ゆっくりと左手の籠手を外す。
「お前も謀反を企むつもりかと問えば否と答えた。ならば、誓いを立てろと命じた」
息を呑むシオンと対照的にゴーシュはにたぁっと口が裂けたような笑みを浮かべ、自らの左腕を噛みきって肘掛けの外に投げ出した。
「竜の血を飲めば竜の力を得る。ならば半竜の儂の血を飲んでもその力を得るはず――今は“血の誓い”と命じた、栄えある儀式において」
ぽたり、とゴーシュの血が床に落ちた。否、そこにいた一匹の蜘蛛に。指先ほどの小さな蜘蛛だったそれは、歪な音を立て、堅い竜の鱗に覆われた巨大な蜘蛛に姿を変える。しかし異形の蜘蛛はシャアアァァッと王を威嚇し、次の瞬間には一号の一閃で切り捨てられていた。
それを、さも愉しげにゴーシュは笑った。
「故に、一号の称号を与えてやった」
「……ゴーシュ、貴様……っ!」
胸の痛みを振り切るように抜剣し、石畳を蹴った。一息で一号の脇をかいくぐり、ゴーシュの足下から剣を振り上げる。だがけたたましい金属音が響き、割り込んできた大盾に遮られた。そのまま尋常ならざる力に振り抜かれた大盾に吹き飛ばされる。
すぐさま体勢を立て直したシオンの前には、再び一号が壁のように立ち塞がっていた。
「退け!!」
衝撃波のような怒号にも、壁のような竜兵は微塵も揺るがない。
その壁の奥でゴーシュは哄笑し、シオンは歯噛みしながら振る先のない愛剣を強く握りしめた。すると不意に、その刀身が紅い燐光に包まれた。それに呼応するように“誇り”の一言が脳裏に浮かぶ。
「お前はッ! 誇りを捨て、こんな人外の暴君に忠誠を尽くすのか!!」
血を吐く思いで叫んでも、壁はやはりぴくりとも動かない。
一度目の手合わせは成す術もなく一撃で斬り伏せられた。幾度手合わせしても、いつだってあいつは巨大な壁のようで、真っ向勝負で勝ちを拾ったことは結局一度もない。
「……今日こそ」
何度くれとねだってみても誇りを手放すものかと突っぱねられ、勝ったらもらいうけると宣言すれば鼻で笑われたものだ。
「今日こそお前に勝ってこの剣、貰い受ける!」
けれど切っ先を向けて宣言すれば、無表情な一号がぴたりと呼吸を止め、かすかに頷いたような気がした。
そして一号が大盾と大剣を構えた。昔と同じように、苛立つほどに悠然と。
「グォォォオオオッ!!」
質量を持っているのではと疑うほどの咆哮。その余韻が消えた瞬間――唐突に、視界が大盾で埋まった。同時にヒュッと風が起こる音を耳が拾う。風斬音を頼りに体を右に反転させて剣戟を受ける。
「大莫迦が……っ!」
カラムの一撃を真正面から受け止めることなど、できなかったのに。
歯噛みしながら、反動で仰け反っている竜兵を見据える。
押し返すことなど、できなかったのに!
――預ける。
たった一言、それだけが記された紙片とともに送りつけられた剣を思うさま振り上げて。
「おぉおおおぉぉぉぉッ!!」
全身全霊を込めた一撃を、その巨躯に打ち込んだ。




