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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第二回 因縁のラストバトル企画(2017.7.22正午〆)
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落日のディーランドジア (七ツ樹七香 作)

<作中の用語について>

尼寺:修道院的なものをご想像ください。


※本作は作者ページでも加筆して公開予定です。

 カアン、カアンと鐘の音が、十重二十重(とえはたえ)に鳴り響く。


 ザン、ザン、ザザン——。


 荒野。そろいきった長靴(ちょうか)の足踏み。

 手にした武器を天にかかげ、万の兵士の、地鳴りのような(とき)の声。


「我らは鷹、猛き鉤爪(かぎづめ)!」

「我らは獅子、みがかれし牙!」 


 南北に陣取る二つの軍勢が、ともに咆哮のごとき重なり合った気勢を上げる。

 両軍のありようは、まるで合わせ鏡のようだった。


 土踏み鳴らし、地を埋め尽くす兵士たち。

 怒涛のその数、十万と十一万。

 

 黒地に染め抜かれた深紅の鷹、蒼き獅子。

 意匠を違えた二種の戦旗が、折からの西風にあおられてはためいていた。

 蜘蛛の子のようにうごめく将兵たちは、二百メルテの間合いを保って並び立つ。


 噴き出すような戦意と熱気のその中心に、皇帝の使者が割って()る。

 それを挟むよう、五〇メルテの間を取り、ひと筋の乱れもなく金髪を結い上げた長身の女と、風に吹き乱されるままの赤毛の男が向かい合う。

 花模様の彫り込まれた薄手の甲冑と、蔦のからむ鷹を染め抜いた深紅の外套(マント)を背に着けて、ぐっと男をにらむ女は隻眼(せきがん)だった。

 

「戦神マリア!」

「闘将ガウェイン!」

 

 鉄さびた匂いに煽られるように、口々に彼らは己の戴く将の名を高らかに呼ばわった。

 国を割る戦い。その終わりは確かに近づいていた。


 抜き身の大小の双剣を手に、戦神と呼ばれた王女マリアが紺碧の片目を眇めた。

 その傷ついた美貌を、男が嗤う。

 今しがた戦地から帰った風のマリアと裏腹に、男は雪白の官服の軽装だ。

 ディーランドジアの狂王子。猛将と名高きガウェインは、暗緑色の眼光を鋭くして長剣をかざす。

 戦いの合図の鏑矢が、高く晴天に向けて放たれた。


「マリア、片目を失い背に傷を負い、哀れな妹よ」

「我が兄は、父に弓引きし時。死にたもうた!」


 矢の鳴き声が途絶えると同時、とぎすまされた短剣の切っ先が、西風を切って男の鼻先をかすめた。

 男は不敵に笑む。紙一重のあざやかな身のこなしにも、マリアは眉ひとつ動かさない。

 返すガウェインの一閃は大剣で受ける。

 鍛え上げられた男の膂力(りょりょく)が、(つるぎ)ごしにずしりとのしかかった。


 ニッと犬歯をみせて笑う男が、即座に剣を引く。

 間合いには長居しない。女は短剣を、決して遊ばせたままにはしないからだ。

 瞬息の打ち合いのたび、すみきった鋼の音がキーンと耳奥に響きわたる。

 快いと思うほどの共鳴は、交わらぬ道に立つ兄妹を、迂遠に慰めるかのようだった。


『雌雄を決せよ』


 彼らの間に下された詔勅は、簡素だった。

 王国の承継。

 半ば消耗戦になりかけた不毛な内戦を、どちらがどうでも構わぬものと、暇な皇帝が余興にした。


「王の(まなこ)は老いて曇った! いくさのほかに能無きマリア。戦いと死に憑かれた悪鬼を、戦神と祭り上げて戴くは罪。その穢された身体を恥じよ。尼寺に行け、父の御霊(みたま)に寄り添うがいい!」

「かつての兄よ。父を(しい)し、民をなぶり、くらんだ目に映るはいかなる国か。二つ名のまま来し方の血だまりを見ずして、行く末を蒙昧に夢見るか! 『かの地』に生き、わが背を守る兵を見よ!」

 ちらりと彼女の背後に目をやった男は、音が鳴るほど歯を食いしばり、がなるような叫びとともに、重たい剣を風鳴りさせて振り下ろす。

 豪腕の一撃に、受ける紺碧の隻眼にも苦渋がにじむ。

 だが瞬時の隙に男の長剣を地に逃し、体幹の揺らめきに右手の短剣の柄でしたたかに打撃を打ち込んだ。

 息を詰めるガウェインに、霜剣の二撃で襲いかかる。

 冴え渡る剣技は、傷深しといえど彼女から失われてはいなかった。

 

 拮抗。

 

 退屈そうな騎乗の使者の目の色が変わり――。

 見世物をはやし立てるような将兵の歓声も、ひと打ちごとに凪いでいく。

 

 打ち合い、打ち合う。

 汗を散らし、つばを飛ばし、髪を乱して地を蹴った。

 憤りも、嘆きも、誰にも届かぬこの地でふたり。


 やがて——。

 深閑が、兵の谷間に満ちていく。

 息をのむ音を誰もが自身で聞くころに、一羽の猛禽が、空高くでひとこえ鳴いた。

 

 屍の上に片足をつき、己の戦旗を掲げるときまで。

 卑怯の名を着てもと、引き絞る矢も、剣で語らう彼らの間に入れなかった。


 王はひとり。国にひとり。

 そして一人が地を舐めた。


 逆光に黒く縁どられる影。

 夕陽を背に浴び、あわれな亡骸を踏みしだき、(われ)が王ぞと、空に吠える。


 そらした喉まで流れる涙も。

 遠のいた日にはせる思いも。

 届かず、独り。



 高い空を——、鷹が一羽舞っている。

2019/03/24 作者本人ページでも同作品を公開予定のため、注を追記

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