(タカノケイ 作)
武器監修:砂屋
鉛色の空を背景に、彼女はふわりと宙に浮いていた。
容赦のない破壊を経て、悠久の無に微睡んでいるような世界の真ん中。不釣り合いなくらい真っ白なワンピースに身を包んで、真昼の月のようにぽっかりと浮かんでいる。
彼女の背負う飛翔ユニットから発生する仄碧いプラズマは、まるで天使の羽根だと思った。ワンピースから覗く華奢な手足につけられた鋼鉄の装備は、天に帰さない為の枷だ。
「なあ、俺たちが戦うことに意味ってあんの?」
体のいたるところに、彼女以上の武器を搭載しておいて、聞いてもらえるはずもない。愚かだということも十分にわかっている。それでも尚、俺は駄々をこねるように言った。
彼女は、すっと視線を落とす。そこには腐り始めた人の体と壊れたアンドロイドが折り重なるように倒れていた。腐敗臭とオイルの匂いは判断能力が低下しそうなほどだ。
「人類は滅んだも同然。一人しか残ってないんだから。目的達成だよ」
この戦いは不要だ。そう伝えたいのに彼女は眉一つ動かさない。落とした視線が答えなのだ。彼女たちは仲間を殺したものを決して許さない。
彼女は大きく仰け反った。金切り声のような金属音が響く。
「この石頭!」
崩れかけた建物に向かって走りながら叫ぶ。両手を差し出すようにした彼女から発せられた重金属共振砲の光が、地面にまっすぐな線を焼きつけながら俺を追ってくる。反動の強さのために、追ってくる速度が遅いのは有難いが、触れたら一瞬で溶かされてしまう。
朽ちかけた扉を蹴破って建物の中に転がり込んだ。割れて散らばったガラスが、背中の下で涼しげな音をたてて更に細かい破片になる。
転がった勢いのまま立ち上がって、建物の中央にある幅広い階段を駆け上った。彼女の共振砲は大きさのせいで自分より高い場所に仰角を取れない。そして、浮かんでいられる高度には限界がある。四階まで登れば上を取れるだろう。もちろん、登るまで同じところに居てはくれないだろうが。
「はあ!?」
三階まで駆け上がって思わず立ち止まる。四階に上る階段は崩れ落ちて登れそうになかった。
「なるほどね、追い込まれてたわけだ」
待ち構えていたように、浮いている窓の向こうの白い影に向かって鉛弾を打ち出す。だが、正確に狙い定めたはずの弾丸も、彼女の頬を少し掠っただけだった。
照準はとっくに合わせてあるだろう光の束がまっすぐに飛んでくる。
「さすがだね」
光線の軌道に追われるようにして走る。マズイ、と思う。誘導されているのだ。何かあるに違いない。案の定、彼女は一旦照射を止め、両手を広げた。
「別々に動かせるようになったのかよ!?」
両側から向かってくる幾分か細くなった光線。当然、細くなった分だけ速い。
「くっそ」
背中の対空誘導ミサイルを天井に向けて撃つ。散らばる破片に目隠しをされて、光線が迷うように曲線を描いた。その隙に、踵に装備された推進装置で上階に飛び上がり、まっすぐ窓に向かって走る。逃げられていなければ、今度こそ、上を取れているはず――
「え」
目の前には彼女が浮遊していた。両手を揃えて俺に向けている。少しの躊躇もなく射出された光線が俺の腹を貫いた。
バチバチ、と俺がショートする音だけが、がらんどうの空間に響く。彼女の体のいたるところに装備されていた武器が、重金属共振砲以外なくなっていることに気が付いた。
「なるほど、軽くしたんだ」
俺は後向きに倒れる。損傷は大きい。間違いなく自己修復の前に壊されるだろう。彼女は窓から建物の中に入って俺を見下ろした。ちりちりと大気を灼く飛翔ユニットのプラズマは、やっぱり天使の羽のように見えた。
「天使みたいだなって、いつも思ってたよ。プログラムに逆らえたらどんなにいいかって」
「だまれ」
彼女は俺の頭に照準を定める。その手がわずかに震えている。怒りだろうか、歓喜だろうか、恐怖なのだろうか。それを知りたい、君を一人にしたくない。だけど、そんな言葉はきっと伝わらない。
「ごめんな」
「だまれ! 人のように話すな! 心のあるふりをするな!」
彼女の目から涙の粒が零れる。この涙が悲しみの涙だったなら、それにうれし涙を返せたらどんなにかいいだろう。そう思っているのは、心ではないのだろうか。
彼女の手に光の粒が生まれる。やっぱり彼女は天使だと思う。神の使徒、俺を永遠の呪縛から解き放つ熾天使。
光の粒は徐々に大きくなって――。




