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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第二回 因縁のラストバトル企画(2017.7.22正午〆)
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『瞬きの合間に』 (梨鳥 ふるり 作)

 瞬きの合間に姿を現すなど、人にそんな不思議が可能だろうか。

 しかし、彼女はいつもそうして現れるのだ。

 大抵彼が下を向いて歩いている時だ。瞬きの終わりに、視界に艶めかしいむき出しの二本の脚が唐突に入り込む。


「……また貴女か」


 二本脚に視線を這わせ、彼女の括れて柔らかそうな腰の辺りに剣つるぎの鞘を見つけた。気の早い事に、剣は納まっていなかった。

 左手に鈍く光る船形の剣を握っている。もう見慣れた剣だ。

 顔を上れば、白い若木の様な女が彼を見据えている。

 飽きずに見惚れそうになる程、美しい女だ。

 己を律して、彼は彼女の瞳に宿る熱を振り払うべく、己の剣の柄に手を伸ばした。それは、彼女の剣とよく似た舟形の剣だった。

 女は彼が鞘から刃も出さぬ内に、切り込んで来た。地と並行する稲妻の様な一直線の切込みを、彼は間一髪で避けた。

 彼のいた宙が切り裂かれ、斬風が弧のを描いて鳴いた。


「何故、何年も俺に刃を剥くのか」


 この奇妙で一方的な逢瀬が終わってしまうのを惜しみ、今まで聞かなかった事を、彼はとうとう聞いた。先程の斬撃に、彼女が『決めて』来たと直感したからだ。

 とても残念な気分だった。どんな美姫にも、彼の興味が向かなくなってしまう程、彼は彼女に焦がれていた。

 ―――女は剣を片手で器用に逆手持ちに持ち替えた所だった。

 彼女は心に染みるしっとりとした美声で答えた。


「お許しを。わたくしの、使命でございます」

「誰かに雇われているのか」


 思い当たる節は、幾つも彼にはあった。

 幾つもの顔が、彼の脳裏を過ぎって冴えて、滲んでいく。

 女は大きな瞳で真っ直ぐ彼を見て、首を振った。


「いいえ。誰にも」


 色の無い唇が、最小限に動いて自分の意思を主張した。


 ―――わたくし自身が、貴方を。


「恨みをかった覚えは無い」

「これから、かうのでしょう」

「……貴女から?」

「いいえ。この世からです」


 女の言葉に、彼は乾いた笑いを漏らした。

 反面、死角からチクリと心に何かを埋め込まれた様な痛みを感じた。

 痛みの棘はとろりと質感を変えようとする。それを振り払おうと、彼は声に力を籠めた。


「皆が私を英雄と言うのに?」

「そうです。―――今は」

「無礼な!」


 彼は剣を構え、女へ向かって一歩大きく跳んだ。何かが味方しているかの様に、彼の勢いは早く、強く鋭かった。

 彼の左腕の筋肉が盛り上がり、筋の浮いた手首の先にはそこから力強く生えている様に舟形の剣がギラリと光っていた。彼の熱が宿ったその剣は女のしなやかな身体に向けて、炎を吐く様に横に薙ぎ、下から突き上げ、上から振り降ろされた。

 女は彼の熱量と剛力を横に受け流し、突き上げに沿う様に身体を後ろへ逸らして軽やかに回転し、まるで踊る様に躱していく。そして振り下ろされた剣の勢いに怯みを見せず、蛇の様な動きで剣を絡め、手首を返し、彼の勢いを自分のものにしてしまうと、ズドンと音を立てて彼の剣を地面に突き立ててしまった。

 砂煙に霞む中、吸い込まれそうな程濃い感情の籠った瞳が、彼の瞳の直ぐ傍にあった。


「何なのだ、貴女は」

「貴方をお慕いする者です」

「では、ただ静かに傍にいて欲しい」


 彼女の言葉に鼓動を速め、彼は懇願した。

 彼女の大きな瞳から、深い悲しみが零れ落ちた。


「今、直ぐに―――」


 彼は胸にドンッと突き刺さる衝撃を感じた。

 とうとう彼女を手に入れられる喜びの衝撃かと思った。

 それ程彼は、舞い上がってしまったのだった。

 しかし、直ぐに痛みで我に返った。彼女の剣が、彼の胸に突き立てられていた。


「!! ぐっ……っ」


 彼は、彼女の色仕掛けに嵌ってしまったと自分を愚かしく思い、苛立って呻いた。

 歯を剥いて唸り声を上げ、何故か無防備でいる彼女の首を鷲掴みにすると、怒りに任せて力を籠めた。胸に突き立てられた痛みが、身体中に憎しみを広げた。


「あなたは」

「ここで」

「死ななくて」

「は」

「なりません」


 何という強い女だろう。まだ喋るのか、まだ! 

 彼はそう思い、細い首を掴む手に思い切り力を入れる。


「どうか……」


「死ぬのは貴女だ! 狂人め!!」


「未来よ」

「過去を……」

「殺し給え」


 女はそう言い残し、彼の手で死んでいった。


 *


 彼は、生き延びた。

 生き延びて、世界に恨まれる愚王となった。

 王になったその日に、既に愚王に堕ちていた。

 どこにも存在しない女を探すだけの、ただの狂人になってしまったのだった。

 ただひたすら、愚王は呟いていた。


「私は気付いている、気付いている、気付いている!」


 女は彼の絶命を見届けるべきだった。愛の為それを忌んだのを、誰も知らない。

 そして、彼女の存在の有無は、彼の胸の傷にしかわからないのだった。


 どこだ? 

 貴女はどこに。―――急がなければ。

 過去よ。

 未来を殺し給え。


 今日も、彼は彼女の意に反して彼女を探し続けている。瞬きを忘れて。



 ◆おわり◆

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