(おいぬ 作)
吐く息すらも鉛となり地面に落ちてしまいそうなほどの重圧。その中心に二つの影が存在した。
剣を佩びた、軽装の青年と、いかにも老獪そうな、黒い鎧を着た壮年の男性。
ずさり、と砂を踏みしめながら、青年が一歩前へと出る。
「……ずっと、ずっとこの時を待っていた」
「ああ」
「……」
無言で、剣を構える。
屍山血河を築き上げたがために、幾千幾億の落涙をその身に宿したがために、それぞれが纏うは悪鬼羅刹の鬼迫。戦場を駆ける、浅黒く、生ぬるい風が、二人の鬼迫に飲み込まれるようにして、轟々と渦巻いていた。
言葉など要らぬ――木の枝が風で折れた音を皮切りに、互いは自らの狂気を相手に突き立てるべく、振り翳す。
まさに神速。風となった剣の一閃は、猛然と鎧へ迫る。
されど栩栩然として、対する男は剣を避ける。柳のように。水のように。
一閃――されど剣は、鎧にすら掠らず、虚ろを切り捨てるのみ。二閃、三閃。上段、下段、中段、切り払い。悉くは嘲笑と共に空を切る。
「そんなものか」
「……」
「最愛の女性を殺された貴様の力は、そんなものか、と問うておる」
――斬ッ
風も、音も、光すらも置き去りにした、無明の袈裟。刹那――否、須臾を剣に携えた一撃だった。払暁のように、あるいは宵の入り口のように、黒洞々とした鎧に、紅が弾ける。
あの日の笑顔、あの日の涙、あの日の睦み。遠く遠く、色褪せてしまったそれを思い出して、男は剣に一つ接吻をする。運命の軛を解くように、楔を抜き放つように。
「存外、あっさりしたものだ……」
ほぅ、と吐く息は、ふわりふわりと中空に浮かんだ。男の汚泥まみれの心に、何か白いものを混ぜるでもなく、それは独りでに消え去った。無常の如く。




