ロロトレルとリットリル (冴吹稔 作)
(くそ! 食らった! 食らっちまった……!)
目の前が暗くなるような絶望感。太ももに深々と刺さった琥珀色の蜜槍から、全身に気味の悪い熱が拡がっていく。
だがまだだ、まだ巻き返せる。蜜槍の毒は、二本目までなら何とか中和できるのだから。勝ちさえすれば手当てを受けられる。きちんと処置すれば、そのあと体に影響が残ることはない。
ロロトレルは視線を上げてリットリルの姿を追った。
審判役の『長者』が間に入り、好敵手は距離をとって下がっていた。片足に体重をかけ、悠然と佇む姿――
(ああ、リットリル。やっぱり君は美しい)
ロロトレルは立ち上がり、自分の蜜槍を構えた。太ももと肩に突き立ったリットリルの蜜槍は、もう毒を出し切って透明に変わっていた。勝敗は、だれの目にも明らかに見える――だが、ロロトレルはあきらめるつもりはなかった。
こうなることは初めから決まっていた。長い年月の間に一族の数はどんどん減り、若者はもう自分たち二人しかいないのだから。
子供のころからいつも一緒だった。干潟を駆けまわって狩りの真似ごとをするときも。セスネモドキの大木を城に見立て、長老たちの荘重なやり取りを想像だけでなぞる遊びの時も。いつも一緒で、そして二人きりだった。
一期前にこの『蜜槍の試し』について聞かされたときは、大人たちに隠れてひそかに手を取り合って嘆いた。
何と残酷なのだろう! 一心同体のように育ってきたのに、相手の可能性を断ち切るために戦わねばならないなんて。
だが、その悲しみの中にはいつの間にか、相手を屈服させ自分のものにするというひそやかな欲望と、喜びの予感が忍び込んできていたことをロロトレルは否定できないのだ。きっと、リットリルもそうだろう。
それでも、勝つのは自分だ。
ロロトレルは両足に力を籠めて息を吸い込むと、次の瞬間暴風のような吐息とともに駆けだしていた。
蜜槍は三本食らえば終わり。だから、これまでの対戦者たちはそれを投げて使った。誰もが投擲のわざを磨き、正確無比で閃光のような一撃で勝負をつけてきた――勝機は、そこにある。
(リットリルはすでに、こちらに二本を突き立てた。開いた差を埋められるのは、きっとこの上なく恐ろしいはずだ……だから、ほら!)
好敵手がみたび、毒の滴る槍を放った。だがあらかじめそれを読んでいたロロトレルは、手に持った槍の一本でそれを払い、逸らしたのだ。
あっと叫ぶ小さな声が聞こえる間に、ロロトレルは相手に駆け寄り、たて続けに二本の蜜槍をリットリルのなめらかな体に直接突き立てていた。
「これであいこだ、リットリル!!」
「くっそう!! まだだ!」
リットリルはロロトレルの脇を駆け抜け、自分が外した槍のところへ駆け寄ろうとした。だが、そうはさせない。ロロトレルは空いた腕をのばして相手の足をつかみ、地面に引き倒した。
「これで勝負をつける。長い付き合いだったが残れるのはどちらか一人だ。いまこそ雌雄を決しよう」
「くっ……ロロトレル……」
リットリルの顔が引きつってゆがんだ。
「恨むなよ。勝った者がすべてを手に入れるのさ!」
叫ぶと同時に、リットリルの腹に向かって槍を突き入れる。そこは最も毒の影響を受ける部位。これを受ければ、確実に相手は終わる。
だがリットリルはなおもあがいた。身をひねって槍をよけ、その柄を手で捉えてひねり上げる。リットリルはその状態からゆっくりと立ち上がった。
「さすがだ……ものすごい力だな」
「君も二本、僕も二本。こいつを奪って君に突き立てれば、僕の勝ちだ」
「うん、そうだな」
あっさりとそう言い放つと、ロロトレルは槍を手放した――
ぎりぎりまで引き寄せられ、たわめられていた槍は、ばね仕掛けのようにリットリルを襲い、その穂先は頭の後ろにあるつやつやとした腹に、狙い過たず突き立った。
「そ、そんな……」
砂の上にぐったりとくずおれたリットリル。その体は見る見るうちに青金色とオレンジの光沢を帯びた羽毛に覆われ、『産むもの』へと姿を変えていく。
蜜槍の毒は、大人になるまではっきりとした性を持たない彼らの体を、片方の性である『産むもの』に変えるのだ。三本目の毒がまわった時、それは決定的になる。
「……リットリル。ずっと君のことが好きだった。だからこれでいいんだ。僕らの子供を産んでくれ――僕も来期には、このまま『産ませるもの』に変わる」
「……そうだな。これでよかったのかも。ああ、でもやっぱり悔しいよ、僕だって君に、僕の子供を産んでほしかったんだぜ」
二人は互いの四対の瞳の中に、実現したものと実現しなかったもの、二つの可能性を同時に見た。
「どっちでも同じさ。僕らの子供なら、きっと大勢に増えてまた一族を栄えさせてくれるだろう」
ロロトレルは左右三対の腕で、美しく変身を遂げた幼馴染、永遠の好敵手を優しく抱き上げた。




