表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第八回 はばたけ、君のはね企画(2019.8.24正午〆)
268/268

誕生日の魔法 (北瀬多気 作)

 魔法そのものみたいな時間が訪れる。

 おまじないのように、ルーシィは何度もささやいた。エメラルド色のテントをくぐると、月のない夜に放り出されたと錯覚するほどの暗闇が広がる。

「誰かいないの?」つぶやくと、闇の奥からくすくす笑う声が響いた。「やっと来た」

 声は二つ重なっていて、やがて二人分の声の主が姿を見せる。

「ようこそルーシィ」

「今夜は月が綺麗よ」

 ラベンダーのドレスを纏った双子がお辞儀した。それぞれ金と銀の髪飾りを揺らして微笑む。十三歳のルーシィより、頭一つ分小さい。十歳くらいにみえる。

「歓迎するわ」

 双子のどちらかが言った。ドレスと同じ色の目を、心を見透かすように細める。

「招待状を見せて」

 また、どちらかが言う。双子は同時に手を差し出した。ルーシィは真っ暗闇でポケットを探ると、満天の星空色のチケットを見せた。

「これは魔法のはねよ」

「終わるまでなくさないで」

 チケットを返す双子から、かすかにバラの香りがした。それを嗅ぐと、ああ、本当に来たんだと実感する。祖母から聞いた話の通り――星空のチケット。バラの香り。妖精の双子。

「席へどうぞ」

「チケットはなくさないで」

 念を押すように告げた双子に手を引かれ、ルーシィは席についた。すると、暗闇に浮かんだ双子の姿はみるみる遠ざかり、煙に包まれるようにぼんやりしてしまう。

「誕生日おめでとう、ルーシィ」

 同時に声を響かせたあと、双子は見えなくなった。


 パッ!と強い光が現れたかと思うと、琥珀色の帽子をかぶった小人が言う。

「誕生日おめでとう!」

 それを合図に、闇はチケットと同じ星空に変わった。星々の光がルーシィを優しく包み込む。外から見たテントは、大人は十人も入らないくらい小さかったのに、今は終わりを感じさせないくらい広い。あの狭い町から宇宙に招待されたよう。

 上品なバラの香りが空間全体に満ちている。琥珀の小人が仲間を引き連れて愉快な音楽を奏でる。不思議な色の鳥たちが飛びまわるそばで、音に合わせ踊っているのは、最初の妖精の双子だ。華麗にターンを決めると腰のリボンがひらひら舞った。その向こうでは、ルビー色の苺が敷きつめられたふわふわのケーキが用意され、森の動物たちがお茶会を始めている。

 どこを見ても見たことないものばかり。とても綺麗だけれど、綺麗と表現するだけでは足りない。幼いルーシィが持つ言葉だけでは、この美しさは表せない。

 ずっと見たかった、夢見た世界。

「誕生日おめでとう、ルーシィ!」

 出会うすべての生き物が、ルーシィに祝福の言葉を贈る。幻想的な色のたてがみの白馬や、尻尾をくるくる回して空を飛ぶネコも。

 十三歳の誕生日は、欲しいものがなんでも手に入る。

 祖母の言葉を信じてこの日を待っていた。顔をしかめる母を横目に、夢が叶う日を待ち望んでいた。招待状が届くと、祖母は「楽しんでおいで」と微笑み、母は「恐ろしい」と吐き捨てた、特別な日。

「魔法使いになりたい」

 不意に背後から、歌うようにささやかれた。びっくりして振り返ると、ルーシィと同じくらいの歳の少年が、優しい目を向けていた。顔を見てルーシィはもう一度驚く。妖精の双子も、琥珀の小人も、ここにいる人はみな綺麗だけれど、少年は飛びぬけて美しかった。これほど美しい人を見るのは初めてで、つい見惚れてしまう。双子と同じ心まで見透かすように輝く瞳は、愛情を注がれたバラそのものの深紅色。

「夢じゃないよ」天使がいるとしたら、こんな声かしら――聞き惚れて返事を忘れそうになるルーシィに、少年はそっと手を差し伸べた。「ここは君の魔法で満ちている」

 ルーシィは誕生日に、魔法使いになりたいと願った。狭い町から抜け出して、広い世界を見たいとも。

「魔法使いになれたの? なんでも叶うの?」

「心から望めば、すべて」

 魔法使いになったら絶対に使いたい魔法があった。

 ルーシィは少年の手をとり立ち上がった。踵の低い靴は輝くガラスの靴に。つぎはぎのワンピースは軽やかなヒスイ色のドレスに。地面を蹴ったら――宇宙を自由に飛んでいける。

 ふわりと体が浮いて、誰より高い場所に飛びだした。未知の高揚感! このままどこまでも行ける気がした。世界の果てにだって。

 とびあがって喜んで、叫びだしたい衝動に駆られた。ドレスのリボンを翼のように煌めかせ、どこまでも、どこまでも!

 手を握る少年と目が合って微笑む。世界で一番幸せだと、胸を張って言える。

 ――あんなものがあってはいけない

 ふと、母の低い声が浮かぶ。チケットを憎らしげに見る母の顔も。

 ――チケットは肌身離さず持っておいて

 ――チケットはなくさないで

 母の声と、双子の声が同時に響く。そういえば、ドレスに着替えたあと、チケットはどこにしまったかしら。

「ルーシィ。誕生日おめでとう」

 少年の心地良い声が、小さな不安をかき消してしまう。厳しい母のことは忘れて、今はただ楽しめばいい。誕生日の魔法は、まだ始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ