人魚の夢 (来栖翠 作)
昼でも光の差さない暗い森、その奥深くに人魚の湖はあります。
周囲を木々に封じられ、淀んだ空気に押しこめられているこの湖には、水が流れてくる路もなければ、出てゆく川もありません。ただ暗闇のなかにガラス板のような湖面が横たわって、ときおり森を抜ける風に誘われて寝返りを打っては、弱い波紋を立てるだけです。この湖を満たすのは、地下から湧き出る森の恵みとも、人魚の涙とも言われていますが、本当のことは誰にもわかりません。
朝、水底で砂の布団を被っていた人魚たちはゆっくりと伸びをすると、しなやかな尾を波打たせて光の差すほう、水中に青白い光を放って浮かぶ水の珠のほうへと泳いでゆきます。日の光に見放された森において、人魚たちの明かりとなるのはこの水の珠のみであり、それゆえ珠はとても大切なものとして扱われます。岩のようにごつごつしていて、それでいて氷のように冷たい珠には水の精霊が宿っているとされ、人魚たちをいつも見守ってくれる母のような存在だと考えられていたのです。ですが人魚たちが湖の掟に背く行いをすると、精霊はたちまちに怒って彼女らを滅ぼしてしまうのだとも言い伝えられていました。
そのざらついた珠の表面に、か細い手でそっと触れる一匹の人魚がいました。銀の瞳を鈍く輝かせながら珠を撫でる彼女は、指先の引っかかる感触を幾度も確かめたあとで、珠の周囲を何度かまわり、湖面のほうへと上昇してゆきます。彼女の尾ひれがしなるたびに、珠の光が尾を様々な角度から照らし出し、きめ細やかな鱗を虹色に輝かせました。
光を纏い、従わせながら、人魚が湖面に上がるのには理由がありました。昼の決まった時間に湖の畔へ羽を休めに来る一羽の鷹、彼の金色の瞳を一目見た瞬間、人魚は恋に落ちてしまったのです。
愛する者の気配というものは、それがどんなに些細であっても当事者にははっきりと感じられるもので、人魚は鷹が水辺に降り立つわずかな羽音を察知すると、そろそろと水面まで上がってゆきました。歪んだ水面の膜をとおして見る鷹の顔は曖昧ですが、人魚にはそれが彼だと一目でわかります。対する鷹は人魚のことが見えていないのか、あるいは見えていても気に留めていないのか、悠然たる態度で湖水を飲み始めます。人魚はそのことを悲しいとは思いません。ただこうして近くで彼を見つめてさえいられれば、彼女の心は青白い情熱で満たされました。
この日も鷹は暗闇を白い翼で切り裂いて、湖の畔へ舞い降りました。人魚もまたいつものとおり、そっと水面近くに忍び寄って、愛する者の屈折した美貌をいとおしげに見つめます。光と音の行き来を妨げる水の膜いちまいを挟んで、両者は静かに向かい合うのです。鷹はその膜を嘴でめくり、人魚の涙でできているとも言われる湖水を、かすかに喉を鳴らしながらすすり始めます。その音はまるで泡と泡がぶつかりあうように優しげで、人魚はそれをできる限り近くで聞きたいと、水面すれすれまで顔を近づけたのでしたが、このとき人魚は嘴が再び水中に差しこまれるのを見落としていました。そうして気がついたときには、嘴と唇とが触れあっていたのです。
この偶然なる口づけに人魚はハッとしましたが、もっと驚いたのは鷹のほうで、甲高い声で鳴きながら後退りすると、そのまま白い翼を広げて飛び立とうとしました。
このまま彼を行かせてしまっては、きっともう二度と会えなくなってしまう。その思いが人魚の手を動かしました。なんと彼女は飛び去ろうとする鷹の身体を掴むと、そのまま水中に引きずりこんだのです。陸や空の生き物を招き入れるのは掟によって固く禁じられていましたから、他の人魚たちは大慌てで水面近くに寄ってきました。しかしかの人魚はうごめく数多の腕をかいくぐると、鷹を抱きしめたまま深く深く、水の珠のあたりまで潜っていったのです。
その瞬間のことでした。水の珠はいままでにないほど青々とした光を放つと、人魚や鷹ごと、湖の水を凍りつかせてしまったのです。水面近くに集まっていた人魚たちは水底の方を指さしたまま静止し、指さされたかの人魚と鷹とは、まるで寒々とした冬の空を抱き合って飛んでいるかのようなポーズのまま凍てついてしまいました。
凍りついた湖水はその後春になっても夏になっても決してとけることはなく、今もまだ暗い森の空気にそっと冷たい吐息を馴染ませて眠りについています。そのまどろみの奥底に沈む一匹の人魚と一羽の鷹。氷の絵画のなかから彼女たちの姿を発見した者は、恍惚とした表情の人魚と苦悶に満ちた表情の鷹とを同時に見るという話です。




