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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第八回 はばたけ、君のはね企画(2019.8.24正午〆)
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誰か、この囀りを聞け (七ツ樹七香 作)

作者ページでも加筆後公開予定です。

 翼をさずけてくれるんでしょう?


 ひとりよがりな願いをかけ、一気に飲み干したエナジードリンクは、舌と喉をチクチク刺しながら胃に落ちた。空が泣き出しそうで、私みたいだ。

 コンビニを出て銀色の自転車にまたがると、薄いグレーのセーラーの襟に、ポツポツと濃い灰色のシミができはじめる。雨粒はみるみるうちに大きくなって、夕立というよりはゲリラ豪雨の様相だ。傘もなしに突っ切って、私はただ、こぎにこぐ。

 今、私の中に真っ黒い渦がある。ここからどうにか逃げなきゃならない。

 雨に濡れた風が頬をかすっていく。熱くなったアスファルトから生ぬるい熱気が立ち上る。昨日そろえたばかりの前髪はすぐに額に張りついた。


 翼よ、どうした。

 私はまだ、地面を這わなきゃダメなのか。


 肩甲骨のあたりから、力強い羽が生えたらいい。大きくて大らかで、真っ白なヤツが一番いい。ゆっくりこわごわ動かして、慣れたら顔を真っ赤にしてばたついてやる。私は何でも下手くそだから、きっと溺れるみたいに羽ばたくんだろう。

 道の脇の水たまりを、車輪で二つに割ってひた走る。シャッと飛び散る雨水で、ハンドルがすこし重くなる。雨は制服の襟をすっかりねずみ色に変えてしまって、真っ白な身ごろを透き通らせた。キャミソールを着てて良かった。雨に透けたブラなんて、おっさんの注目を集めるばっかでサイアクだ。


 ああ、まだ飛べない。


 三段変速のしがないギアを一番軽くした。立ちこぎしたってのろのろとしか進まない上り坂を睨みつける。息が上がる、でも絶対に自転車から降りたくない。生ぬるい空気に私の熱い呼吸が滲んで溶ける。

 イラだちに点火するように、また嫌なシーンがフラッシュバックした。


『ごめん。私、ユウトくんと……、付き合うことになったの。ミオには一番に言わないとと、思って。ごめんね、ごめん』


 ああ、そう。なんだそれ、なんだそれ。

 泣きそうな顔して言うのはずるいんじゃない?

 いいよいいよ、よかったね。お幸せに。笑いながらピエロになってその場を去った。よかったよ、幸せじゃん。私以外。たった一時間前のハートブレイク。

 渦が来た。溺れそうで、飛びたくなる。こんなときは空がいい。昔から思ってた。誰も縛らなくて、なにもなくて、遠く遠くへ飛んで行けると思うから。

 白い翼じゃなくていい、黒くても灰色でもぐちゃぐちゃでも、なんでもいいから羽が欲しい。遠く遠く旅をして、あきれるほど長く温めていた、かわいい想いが成仏するまで、果てまでだって羽ばたいていく。イカロスみたいに、ヨダカみたいに。

 もし宇宙まで行っちゃって、私が星になったなら、見上げて笑って願いをかけても、まあいいよ。私って割とやさしいからさ。


 ――叶えてあげるかは、わからないけど。


 こめかみを伝ったぬるい雨粒が目にしみた。寂れた展望台のある誰も居ない芝生の丘に、穂を出したばかりの若いススキが雨に打たれてうなだれている。乗り捨てて倒した自転車から駆けだして、間抜けな自尊心がきょろきょろと周りに誰も居ないのを確かめる。丘の上の公園は、悲しいぐらい人気がない。

 私がここから飛び立っても、きっと誰も気づかない。

 びちゃびちゃの足に白いソックスがぴったりと張り付き、はねた泥がぽつぽつと水玉模様を作っていた。歩くたび、革靴がぐちゅぐちゅと気持ちの悪い音で私を責める。見下ろす町に、雲ごと落っこちていくみたいな雨が降る。

 大きく強い翼が欲しい。

 思い通りにいかなかった恋、私を好きにならなかった人、恋人を得た親友。


 ――明日も続いていく、ふざけた日常。


 背を丸める。凍えた私の背中は張り裂け、望んだ翼がやっと産まれる。

 くの字みたいなフレームの骨を、一枚一枚羽が覆う。広げて、ゆっくりと胸元に風を送るみたいに羽ばたいてみる。穏やかに、だんだんに激しく、巻き起こす風を掴むみたいに。こぶしを握ってつま先立ちした体が少し浮くと、翼はまるでどこかに攫っていこうとするみたいに、未知の浮遊感で私を脅す。

 怖くなんかない。だけど、怖い。

 瞬間、一対の羽がパンッと強く空気をはたくと、私の体はちいさな町の上に放り出された。灰色の、私の町。


 さよなら、さよなら。


 遠くへと、願うたびに息苦しい。夢見た空に気楽さは少しもない。羽ばたくたびに、全力で走るみたいに体中がしびれる。ああ、ほら、楽になんかなりゃしないんだ。


 ――わかってるよ。 


 ザアア、と変わらない雨音が耳元で響いていることに気づき、真っ白な夢の終わりを知る。丘から見下ろす町に一羽、真っ黒なカラスが濡れるのを楽しむみたいに円を描き飛んでいた。

 ふつふつと湧く思いを両足で踏みつけて、私は濡れそぼった両手をゆっくりと広げた。羽ばたいてみて、飛べない自分を思い知る。空を見上げて、腕を振り回しぐるぐるまわる。口を開けて常温の雨水にかみつきながら、わあわあと叫んでみせた。

 もどかしい想いぐらい、真っ白な羽で飛び立っていけ。

 ああこの恋は、フィナーレ。

2019/11/14 作者本人ページでも同作品を公開予定のため、注を追記

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