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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第八回 はばたけ、君のはね企画(2019.8.24正午〆)
257/268

fly me to the moon. (たびー 作)

 急激な暑さと圧倒的な力に体が押さえつけられる。オリガの視界はどんどん狭くなっていく。息が苦しい、暑くて、狭くて……そして――。

 不意に体が軽くなったかと思うと、目の前が明るくなった。

 めまいを感じながら瞼を開けると、オリガの目の前に光の輪を背にして大きな鳥が立っていた。煙草の匂いがして鼻をひくつかせる。焦点が合うと、それは鳥ではなく翼を持つ人だとわかった。

 と、オリガの視線に気づいたのか、翼のある人が不意に口を開いた。

「ようこそ、名犬オリガ」

 そう言って右手指に煙草をはさんだままで両手を広げた。ついでに純白の翼も。オリガは目をしばたかせて、羽をもつ人の顔を見あげた。

「……ここは、月?」

 星がきらめく空と、肉球に感じるふわふわした足元。博士から聞いていた月とあまりに様子が違う。

「んー、残念。ここは地上と天上の(はざま)

「月へ行く途中かしら。あなたは、神さま?」

 オリガは小首をかしげて訊ねた。

「俺はたんなる下っ端、神のお使い」

 白い翼と光の輪。天使だ。白くてひだがたっぷりと取られた服をまとっている。袖なしで、丈は膝小僧がみえるくらい。靴は編み上げのサンダル。天使は金のサッシュに挟んだ巻物を取り出した。

 オリガはいきなり天使の足の間に、鼻先を突っ込んだ。白い裾が、大きくめくれ上がった。

「おわっ! な、何をする!!」

 天使は裾を押さえてオリガの侵入を阻止した。

「お顔がとても綺麗で、どっちか分からないから。ぱんつは履いているのね」

「履くよ、ぱんつくらい! 俺は男でも女でもねぇよ。勘弁してよ。賢いって思ってたのに」

 天使は銀の短い髪をゆらし、青い瞳でしかめっ面をした。オリガが三角の耳をしゃんと立てて白い足先をそろえて座ると、天使はうなずいて、巻物を上下に開いて読み上げた。

『オリガよ。そなたは生前、人間からの理不尽な扱いによく耐えた。その労に報い、願いを一つかなえよう』

 高らかに歌うように天使は告げた。天使はふう、と息をつくと書状を巻いて腰に戻した。

「せいぜん? あら、わたし死んだの?」

 オリガは黒い目をきょとんとさせた。

「ああ、そうだ。実験だかなんだか知らねぇけど、人間たちのくだらない競争におまえは巻き込まれて死んだ」

 煙草を唇にくわえなおした天使は、膝を折ってオリガの眉間を撫でた。オリガは首を傾げた。

「何も覚えてねぇの?」

 天使は頭をかくと、眉をよせた。

「博士が、オリガは空を飛ぶんだって言ったのよ。天使さまは飛べるのね。飛ぶってどんな感じ?」

「どんな感じって……ってか、覚えてるじゃん」

 オリガは口をつぐんでうつむいた。天使はオリガに寄り添い声を落とした。

「復讐するって願い事も受け付けるぜ。もっとも、コーヒーに毎回埃が入るとか、靴下にすぐ穴が開くとかその程度だけど」

 オリガはふるふると頭をふった。

「なんで? 実験でひどい目にあったりしただろう?」

「そんな時は、博士はわたしの頭を撫でて、よく我慢したね偉いねって褒めてくれたわ」

「狭い檻の中に閉じ込められて」

「博士は散歩に連れ出してくれたわ。塀の中だけだけど」

 オリガは耳をピンとさせ、黒目をきらめかせた。

「みんな帰った後に夜のお散歩に出かけるの。まあるい月が空にあって、博士は歌を歌うの。わたしを月に連れてって……」

「対立国の歌かよ。いい度胸だな」

 オリガは肩を落とした。

「他の博士たちとは仲がよくなかったみたい。ときどき言い争いになってた」

 オリガは覚えているのだろう。毎朝、寝癖をつけた赤毛で、ボタンを掛け違えたシャツで研究室へやってくる博士を。

「そうだろうな。でもな、俺は奴を許すことは出来ない」

「そんな……」

 でもな、と言って天使はオリガの背中を優しくなでた。

「同じく罰することもできない。なんせ下っ端の使い走りだ。オリガ、お前の望みを叶える」

「ありがとう、ありがとう天使さま。博士のところへ行かせて。お別れがしたいの」

 よし、わかったと天使は立ち上がると、指をぱちんと鳴らした。

 ポンっとオリガの背中に翼が生えた。ふわんと宙に浮かんで、ぎくしゃくと羽を動かすと、不慣れなオリガの体は左右に揺れる。

「呼吸に合わせてみて。無理に動かそうとしないで」

 オリガは足を縮めたまま、深呼吸を繰り返し、おっかなびっくりと飛んだ。

「よし、行っといで。見えるかな、あそこにいるのが」

 雲の切れ目から、実験ロケット打ち上げの指令室が見えた。両手で顔を覆い、肩をふるわせる白衣の男性がいる。

 オリガは迷わず雲の海へと飛び込む。

「犬ってやつは、恨み言ひとつ言わない。たった一つの願い事はいつもこれだ」

 翼のあるオリガは、泣き崩れる博士の耳元に鼻先を寄せている。

「分かってるよ、なんて言っているか」

 天使は眉を寄せて、新しい煙草に火をつけた。

「あなたの願いが叶いますように、だろ? まったく、どっちが天使か分りゃしない」

 煙草を挟んだ右手の親指で、天使は目をこすった。煙が目に沁みたから。

2019/09/01 一部修正

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