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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第八回 はばたけ、君のはね企画(2019.8.24正午〆)
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人が飛べる唯一かつ一瞬の時間  (中條利昭 作)

 人は空を飛べないと言われている。

 もしそれが目撃されてしまったら、大騒ぎになるだろう。

 しかし私は飛んでしまった。

 いま、私の体は固体に触れていない。

 頭の先から足の先まで、すべてを風に包まれている。気持ちがいい。

 スカートがふわりと舞っている。私からは布の向こうにいる人の顔が見えない。喜んでいるのかな。

 空は青い。

 空は広い。

 これほど広大に見えたのは、人生で初めてだ。地に足をつけているかぎり知ることのできぬ風景。

 飛ぶ以前より低い位置にいるのに。不思議。

 この瞬間にBGMをつけるとしたら、どんな曲だろう。フルートの旋律? バイオリンのピッチカート? それとも、歪んだギターと喉をかき鳴らすデスメタル?

 私にはよくわからない。

 人が風景を見て連想する音楽や、音楽を聴いて思い浮かべる風景が。

 故に私は浮いていると言われることがあった。

 そして、いまの私は本当に浮いている。

 面白いね。

 私の背中を押して突き落とした同級生は、いつもみたいに笑っているかな。再び視線を足元へ――天へ向ける。やはりスカートで見えない。チェック柄のスカート。お気に入りの服。

 ひょっとすると同級生は驚いているかもしれない。私の軽さに。

 細いね、と言われることは多かった。だいじょうぶ? と。

 なにを心配されているかわからないまま、だいじょうぶだよ、って言ったら、うらやましいなあ、って笑ってない目で言われたこともあったっけ。左頬だけ笑ってたから、気味が悪かった。

 私は制服を着たり、授業を受けることが好きだった。制服は可愛いし、入学前から憧れだった。勉強は得意じゃないけど、ものを学ぶのは楽しかった。

 それ以外は、特に興味がない。

 興味がないものにいちいち近づくのは変だろうから、同級生の名前すら覚えなかった。私に近づいてきた人は、私に興味があったのだろうか。わからない。

 さっきまで窓から外を眺めていた教室は四階だったっけ。そうだ、空に一番近いところって記憶してたから、四階だ。

 緑が見えた。

 校庭の木。

 ということは、いまは二階と三階の間くらい。

 それにしても、やけに時間の流れがゆったり感じる。

 そうか、これはあれか。人生最期の時をじっくり楽しめ、ってやつ。

 走馬灯という言葉を聞いたことがあった。でも、私の人生はあまりに短いため、思い出す記憶もない。だから、こうして墜落の快楽をゆるりと味わえているのだ。

 人は空を飛べないと言われている。

 もしそれが目撃されてしまったら、大騒ぎになるだろう。

 人が飛べる唯一の瞬間は、死の直前だから。人類の太古からの夢を叶えて死んでいく姿を前に、人は騒がずにいられない。

 落ちる姿を動画に撮ってSNSにアップロードしてバズったり。衝撃で飛び散る五体に芸術性を感じたり。それを不謹慎だと批判したり。それぞれだ。

 そういえばバズ(buzz)って言葉は『蜂の羽音』の意味だった気がする。似たような発音の言葉でfuzzというものも辞書で見たことがある。あれは『綿毛』の意味。どちらも空を飛ぶ。

 -uzzで終わる英単語は、もうひとつ知っている。muzz。『ぼーっとする』って意味。まさしく私。

 もうすぐ地面に追突してしまう。同級生は今頃カメラの準備をしているかもしれない。

 でも、そのレンズが死骸を写すことはない。

 私の遺伝子がそうはさせないから。

 同級生に押されたあたりの布が破ける。シャツの下に閉じ込めていた翼が解放されたのだ。

 私の全長よりも大きなそれが左右へ広がり、空気を叩く。数十の傘を一斉に開いたような音。

 墜落の快感が途絶え、逆上がりをするように、ひっくり返っていた天地が元に戻る。一階化学室の生徒と目があった。スカートの中を見られたかもしれない。人間の女性はそれを嫌うと聞いたことがあった。腕や顔など他の部位を見せることと、なにが違うのだろうか。

 私は、決して人間に羽を見せてはならぬと教えられていた。でも、口だけの教えなんて、怖気付いた遺伝子を前に意味をなさないらしい。いい勉強になった。

 さて。これからどうしよう。

 考えながらシャツよりも白いそれを羽ばたかせる。そのたび、校庭の乾いた砂が舞い上がり、校舎の窓にぶつかり、私へ跳ね返る。

 低空で飛んでいても制服が汚れるだけ。着地をし、羽を仕舞った。

 人は空を飛べないと言われている。

 もしそれが目撃されてしまったら、大騒ぎになるだろう。

 私は人じゃないから、なおさらだ。

「あーあ。制服お気に入りなのに。やぶれちゃった」

 次々と校舎の窓が開き、密集した顔が見下ろしてくる。誰の名前もわからない。顔の違いすらわからない。服装や髪色が統一された個々の違いなど、人間はよく区別できるものだ。もし私が彼らと同種なら、少しは覚えられていただろうか。

 なんにせよ、人生が終わった私は、ここには居られない。

 帰ろう。

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