なつのあらし (水野洸也 作)
ふとしたきっかけから、鳥人族の女の子と知り合う機会に恵まれたので、夏の暑い日に思いきって訊いてみた。あなたたちはどこから来て、どこへ行こうとしているのか。
「そんなのわたしだけに訊かれても困りますよー」女の子は笑い、羽をばたつかせる。「まだ、ほんのひよっこですから。今のところ、みなさんの後ろをついていくことしか考えられません」
「でも、私が見た感じ、あなたはずっと一人で行動していらっしゃいますよね? いったい、他の方々はどこに行ってしまったんですか?」
「そんなはずないですよー仲間はいつだってそばにいます。ほら、空を見上げてみてください」
入道雲のそびえるくっきりした青空を眺めた。どんな形かもわからない鳥が、黒い点となって見えるだけだ。
「私の頭がおかしいんですかね。あなたの仲間なんてどこにも見当たらないのですが」
「意味がわからないですねー? もっとよく、目を凝らしてみてくださいよ。そして念じるのです。自分も同じ仲間として、空を優雅に飛行している様子を」
目をつぶり、しばらくのあいだ自分が優雅に飛行する姿を楽しんだ。次に目を開けた時、女の子は音もなく消え去っていた。
今までさんざん痛い目に遭ってきたのだろう、怪我をしないことにかけてはぴかいちの才能を有していた。風の流れを読み誤り、地面すれすれまで接近することがある。身に危険が迫っているときは逆に落ち着きをみせ、羽ばたきをクッションにしてゆっくりと降り立つ。姿勢を低くし、鋭いかぎづめで地面をひっかくと、まるで打ち上げ花火のように鋭く上昇していく。普段はあれだけふわふわしているのに、なんかずるいな。吹き上がる風を手で遮りながら、彼女というよりも鳥人族全体に対する羨望の念をたびたび覚えた。
以降も会う機会に恵まれたはいいものの、いくら待っても彼女の仲間と挨拶を交わすことができなかった。嘘をついているとは思えない。もしかすると、人間の目には捕えられないほど遠くの方で、鳥人族の面々が人間を見下ろしているのかもしれない。
お互いに見えている景色が違うので、話がかみ合わないことが大半だった。彼女の住処である止まり木に足を運びながら、どうやったらもっとうまくコミュニケーションが取れるだろう、どうしたら彼女を飽きさせずに最後まで話を続けられるだろうかと思い悩んだ。
大学を卒業後は、地元の中小企業に就職した。葬祭業を営んでいる。新人の私は数カ月の間、先輩方の後ろをくっついて歩きながら、世の辛酸と言うべきものを味わわなければならなかった。
業務にも慣れ、式場の施工やお客様の対応に追われる八月。市内の警察から連絡が入った。許可待ちの段階だが、少々特殊な種類に属する者の体を引き取ってほしいとのこと。
話を主任に伝えると、「たぶんまた、あれだろうね。がんばれ」と言ってきた。結局、他に行く人がいなかったので私と主任とで向かうことになった。
先に出た主任が刑事課に話を通している間、敷地の奥に搬送車をバックで入れる。ストレッチャーと棺(引き取る体の状態が悪い際は、現場ですぐに納棺してしまう)を出すうち、数人の警官が外階段から降りてきた。シャッターが上がり、霊安室の重々しい扉が開かれる。ステンレス製の台に乗せられたのは、緑色の納体袋に入った検死済みの遺体だった。
「では、ここで直接棺に納めさせていただきますのでよろしくお願いいたします」
警官たちに一礼し、主任と二人がかりで袋を持ち上げる。若手の警官が手伝ってくれたが、手伝いもいらないくらい軽かった。腐りきった男か、もともとが細身の女性か。棺の蓋を閉めて合掌する。ゴム手袋を外してメモ帳を取り出し、「ご遺族の方はいらっしゃいますでしょうか」と担当の刑事に尋ねる。
返ってきた答えは曖昧なものだった。「あの辺にいるんじゃないかな。見えないけど」
この答えになるほどと、我々は納得した。差し入れの飲料水を手渡すと、人間というより樹木に近いにおいに鼻腔をくすぐられながら、式場に車を走らせた。
鳥人族と思われる遺体を引き取ることは少なくない。ほとんどは対面不可で、においを抑えるあの緑色の袋に最初から最後まで収められている。法律上は「行旅人」として取り扱われ、市が火葬費を出してくれる。身内が来ることもないので、一連の手続きは流れ作業に近い。
顔をすべて確認したわけではないので確証はない。だが、着地のうまかったあの子が墜落死をするというのは想像できなかった。今までに処理してきた遺体の中に彼女が含まれているかもしれないと思うとぞっとするが、一方でそんなはずはない、今も元気にどこかで生きているはずだという望みも捨てていない。
現在、あの止まり木は切り倒され、周囲一帯が有料道路として開拓されている。ちゃんとした挨拶も交わせず、いつのまにか会えなくなってしまったことがなにより残念だった。




