翼になるとき (奥沢 一歩(ユニット:蕗字 歩の小説担当) 作)
翼と羽は違う。
まず字からして違う。
そもそも、羽とは異なると書いて翼なんだからな。
大昔の話題を思い出しながら、オレはセラを見ていた。
歌いながら彼女がターンを決めるたび、銀髪とともに立派に育った翼が宙を舞う。
白い素足が一秒、ふわり、と地面を離れる。
もうほんとは自分で飛んで帰れるんじゃないのかとオレなんかは思う。
La La La Ru Ru Ru La La La ────。
歌い終え、セラはくるりと振り向いた。
うっすらと汗をかいた肢体の影がワンピースを透かして見える。
綺麗だ。
よく育ってくれた、と心から思う。
それなのにオレの視線を感じ取ったセラはカラダを両手で、次にその翼で隠しやがった。
「なんだよ、その反応」
「視線に欲情を感じました」
「いや、ちがうし!」
「ウソ。おじさまはセラの美に魅入られていたのです」
「ちげーだろ! キレーだな、とは思ったけどさ、欲情とか関係ないだろ?!」
「いーえ、視線がワイセツでした。いつもそう。ハルピュイアさんのときも、マーメイドのお姫さまたちのときも。瞳がたわわに実った禁断の果実に一直線」
「いやオレも男だからさ視線が勝手に──ってナニ言わせるんじゃい!」
「セラ、立派に育ちやがって。フフフ、いまおじさんが味見してやるからな」
「ヒトの心の声をかってに捏造するんじゃねえァア!」
「デュフフ、遠慮するなし」
なぜこんな育ち方をしちまったのか。
セラとの出逢いはもう十年も前になる。
ちょっと特殊な商人だったオレが、この塔に辿りついたのは偶然だ。
そこにセラはいた。
塔から落ちてしまった天使の子。
ちいさな羽根では飛ぶこともできず、塔の足下で泣いていた。
「オレが家に帰してやる」
安請け合いしたのが運の尽き。
このバカでかい塔を踏破するハメになった。
だが、その苦労も終わる。
禊を済ませたオレたちは今日、天国の門の前に立つ。
「デュフ、よかったのかい──最後に混浴しなくて」
「その喋り方やめろ。入れないぞ、天国に」
「おじさまとだけですから、こんな話し方するの」
ああ、そうですか。
溜め息をついたオレの視界に、立派な錫杖を持った主天使が現れた。
その後ろに続々と輝ける天使たちが続く。
セラのお出迎えだ!
「あの、この子をですね、送り届けに」
オレは事情を説明する。
しかし、返ってきたのは冷たい一瞥。
オレを無視して主天使はセラに言った。
「幼天使よ。オマエは三つの大罪を犯した。ヒトに養われたこと。ヒトを案内したこと。最後に、ヒトに心を許したこと」
みるみるセラの頬が朱に染まった。
「おじさまは悪いヒトではありません!」
「その男は珍しい動物を捕らえては売りさばいてきた男だ」
知っていたか、と主天使が問う。
セラの瞳がオレを見る。
過去を認めてオレは頷いた。
「生きて帰せば我らも売るのでは?」
「おじさまはそんなことしません! スケベですが!」
「天国の場所を売るのでは、と言っている」
スケベは余計です、とは思いながらオレは自分を省みた。
たしかにセラに出逢ったとき商品になると思った。
昔の話だ。
だが、天使は非情だった。
「本来ならオマエも処すところ。だが、故郷を想う気持ちに免じ我らはオマエを受けいれる。その男をこの世から消し去ることを条件に」
「じゃあオレは、そろそろお暇ましようかな?」
後退るオレを主天使の、セラの視線が追う。
「できぬなら、オマエは天国に入れない」
「そんなこと──」
「では、我が代って手を下す」
そのときにはもうオレのいた足場は外に向かって崩落していた。
さすが天使。
悪・即・斬の三文字である。
とか混乱しつつも落下していくオレの視界に飛び込んできたのは、まなじりを固めたセラだった。
「バカ、せっかく辿りついたのに!」
「おじさま!」
セラが羽ばたいて加速する。
踏破してきた階層が風のように飛び過ぎていく。
オレは、いつしか抱きしめられている。
「おじさま、重い!」
「しょうがねえだろ、おじさんなんだから!」
みしりめきり、とセラの翼が軋んだ。
いや、それどころか立ちこめる濃い魔法元素が純白の翼を焦がしはじめている!
「セラ、離せ! 翼が折れちまう! いや燃えちまうぞ、このままじゃ!」
「絶対にヤです!」
「バカ野郎!」
「おじさまは嘘つき、です!」
「ああ?!」
「翼のこと。あの文字の成り立ち──ほんとは、ちがいます!」
なんの話をしてる?
恐怖に、にわかには意味が汲み取れない。
耳元でセラが叫ぶ。
「翼って文字はですね。羽とそれを敬って掲げるヒトの姿で出来ているんです。あの異なるって字は──」
ボッ、とセラの翼がついに燃え上がった。
それなのに天使の娘はオレを抱きしめたまま微笑むんだ。
どころか燃え盛る翼をセラは羽ばたかせた。
そのたびに彼女から翼が、羽根の一枚一枚が剥離していく。
「やめろ、セラ!」
「やめません! だって、わたしたちは、いま手に入れた──本当の」
どれほどの時間、オレたちは落ちていたのか。
次の瞬間、砂漠の砂が二人分のヒトの重みを受け止めてくれた。




