空の騎士たち (キュノスーラ 作)
「これ一枚かしてな。見ときや」
アマネは、妹のソラのお絵かき帳から画用紙を一枚ちぎると、十二色の水性カラーペンの中から茶色を選んで、きゅっきゅっと線をひきはじめた。
「これが、骨組みな。ほら、傘の、こういう棒のところ、あるやろ。あれみたいなやつ。そんで、このあいだに布をはるねん。うすい革とかな。ソーちゃん、何色にする?」
「みずいろ!」
「分かった」
アマネは水色の水性ペンで、茶色の骨組みのあいだに膜を描き込んだ。
左右に大きく広がった、水色のコウモリの翼に似てきた。
「水色、ええと思うわ。だって、水色は空の色と似てるから、まぎれるから、敵が見つけにくいやろ。そんで、これ、このままやったら、めっちゃでかいから、運ばれへんやん。部屋出るときとか、ろうかとかで、ガンガンってなるやろ?」
「かさみたいに、たためるようにしたらええやん!」
「そう、姉ちゃんも今、そう思ってん。そやから、ここと、ここに、バネと……」
言いながら、アマネは黒のペンで、朝顔のつるみたいなくるくるを翼の各所に描き込んだ。
「そんで、傘の、ボタン押したら開くところの、あの部品をつける。翼の根元にボタンがあって、押したら、バアッて翼が開くねん」
「ちゃいろのとこは、きでできてるん?」
「そうや。職人さんが一本一本、使う人にあわせて削ってくれるねん」
「めっちゃこうきゅうやん!」
「そうやで。やから、壊さんようにせなあかんで。そんで、ここに、ひもがついてて、引っ張ったりゆるめたりしたら、翼の角度が調整できて、飛びながら曲がれる」
アマネはオレンジ色のペンで、まっすぐな線を何本も引いた。
「そんで、ここの、背負うところな。板があって、ランドセルみたいに二本、背負うベルトがついてる。それだけやと、空の上でスポッて落ちてしまう可能性あるやん。そやから、シートベルトみたいに、こう、こう、こう……いっぱいベルトをつける。はい、できた」
「すっごい!」
「姉ちゃん、今から自分のぶん描くから、ソーちゃん色ぬっとき。自分の色えんぴつあるやろ」
「おねえちゃんぬって!」
「なんでよ。自分でしいや」
「はみだすもん。おねえちゃんぬって!」
「もう! 姉ちゃんかて、自分のぶん描きたいんやで。……もう! しゃあないなあ、貸し」
アマネは妹に渡した画用紙を取り返すと、斜めに傾けた色鉛筆で、シャシャシャッ、シャシャシャッと、すばやくきれいに色を塗った。
「はい、できたで」
「おねえちゃんありがとう! めっちゃきれい。なあ、ここのところに、もようかいてもええ?」
「まあ、ええけど。もし失敗しても、姉ちゃんはもう描き直せへんからな」
「うん!」
二人は紙の上にかぶさるようにして、それぞれの翼を仕上げることに没頭した。
「あ、はみだした! おねえちゃんどうしよう、はみだした」
「知らんって、自分で何とかしいや」
「いやや! おねえちゃんなおして!」
「もう! 姉ちゃんは知らんでって言うたやろ。そこの引き出しに修正液あるから、それで直し」
「おねえちゃんやって! おねがい! おねえちゃんやって!」
「もう! 姉ちゃん今、自分のことやってんねん。だから知らんでって言うたやろ!」
「ごめん、おねえちゃんやって」
「もう! しゃあないな、一回だけやで! 修正液取ってき、そこの引き出しや……はい! できた! もう知らんで! あとは全部自分でやりや!」
「ありがとう、おねえちゃん」
十五分くらいで、二人の翼は完成した。
「おねえちゃんみて、ベルトのとこに、なまえかいた」
「ひとのと間違えへんから、ええやん。全部、使う人に合わせて作ってあるから、ひとの翼ではうまく飛ばれへんからな。……ほな、行こか」
「うん」
二人は折り畳んだそれぞれの翼を背負うと、慎重に部屋から出た。
「ぶつけたらあかんで。壊したら、もう飛ばれへんで」
「うん」
石造りの薄暗い廊下を通り、螺旋階段を上がっていく。
ところどころに四角い窓があいていて、太陽が昇る直前の薄明るい空が見える。
「この服、きれいな鳥の羽がいっぱい縫い付けてあるから、空の上でも寒くないで」
「うん」
二人は涼しい風の吹きつける塔のてっぺんに出た。
町を囲む城壁の外側は、見わたすかぎりの荒野だ。
北に大河。東には山脈。
その山脈のふちが、急激に赤みを帯びた黄金色に染まったかと思うと、たちまちするどい矢のような光線が四方に飛んだ。
夜明けの光が、虹色に輝く飛行服に身をつつんだ空の騎士たちの姿を照らし出す。
一人の翼は、淡い青。もう一人の翼は、深い青。
「どこへいきますか?」
「東の山脈を越えて、太陽の姫に会いにいく」
東からの風が、体いっぱいに吹きつけてくる。
二人の騎士は、塔の手すりから伸びる長いロープの端を、手袋をはめた手でしっかりと握った。
足をふんばり、体を低くし、
「行くぞ!」
「いくぞ!」
翼を広げるボタンを、同時に押しこんだ。
力強い羽音ひとつ、二人は凧のように上空へと舞い上がり、風に乗って、東へと旅立っていった。




