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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第七回 たのしいお仕事企画(2019.4.27正午〆)
234/268

辻唄い (深海 作)

※作者本人ページでも同作品を公開しています。

 下手の横好きというけれど、指先はお世辞にも器用じゃない。

 だから弦をはじくのは、相方に任せている。

 視線は遠く、空の彼方に飛ばしているふりをして、ちらりちらりと、道行く人をひとりひとり、見つめている。  


 どうか立ち止まって。

 ちょっとでいいから、聴いていってよ。

 お金なんていらないからさ。

 そりゃあ、銅貨を、地べたに置いてる箱に入れてくれたら、嬉しいけど。


 いつも、耳に心地よい、素敵な言葉を紡いでいる。

 愛とか夢とか。信じるとか羽ばたこうとか。

 自分の容姿を顧みず、今時の若者よろしく、短いスカートを履いて、唄っている。

 でも声は乾いて、伸びていかない。飛び立とうとか、天高く駆けようとか、叫ぶそばからかすれていく。

 飛んでいかない。届かない。だれにも。だれにも――



「だめだわ。今日はもうお開きにしよ」

「やだ、もう一曲だけ」

 

 相方が、顎からヴァイオリンを外した。かじかむ手を温めるように、はあっと真っ白い息を吐く。


「夜遅いし、誰も聴いてない。誰も立ち止まらないよ」

「場所変えよう?」


 変えたって同じだよと、相方がケースに長年の相棒をしまう。

 投げ込まれた少しの銅貨を、地べたに置いている箱に入れて、押しつけてくる。


「かろうじて、パンは買えるな」

「やっぱり……舞師を雇った方がいいよね」

「金ないんだから、無理だろ」


 相方が投げやりに肩をすくめる。口に出して言うことはできないけれど、二人とも、自分も相方、どちらも下手くそだと思っている。素人と変わらない一団だと。実力的にも、舞師なんて来てくれるわけがない。


「伴奏は竪琴、唄は古語じゃないとなんて、敷居が高すぎる」

「そうだけど。風を起こす舞師がいれば、歌声が遠くまで響くし、幻影が出てきて、視覚的効果も加わるし、とにかくそれが今の流行りだし」

「竪琴なんて弾けないよ。土台金欠で、買えないし。おまえだって、共通語しか喋れないだろ」


 それはそうだけどと、唄い手は口を尖らせた。

 舞師がいない辻唄いなんて、今どき見向きもされないのだ。

 高い高い崖から飛び降りるような顔で、相方が言ってきた。ヴァイオリンのケースを担ぎながら。

 

「オレはそろそろ、潮時だと思ってるんだがな。もう限界だよ。何か別の仕事を――」

「やだ!」


 唄い手は哀しげに叫んだ。

 学校に行かせてもらえず、唄うことしか取り柄がなくて、辻唄いになった。 

 初めて街角に立って唄ったとき、緊張して何が何だか、わけが分からないまま、何曲も唄った。

 本当に飛んでいるかもと、あのとき思った。

 無我夢中で、体はふわふわ。天へと昇りゆく心地だった。

 そのとき。


『なんてきれいな声!』


 突然、舞師とおぼしき人が乱入してきて、即興で舞ってくれたのだ。

 腰まで届く長い黒髪をなびかせる、美しい少女が、飛び込んできたのである。

 相方はヴァイオリン。唄は共通語。力ある風を起こす音の場なんて、まったく作られていなかったのに、少女はころころ楽しげに笑いながら、舞ってくれた。

 たちまち、魔法の気配が降りてきて、さやかな風が吹き荒れて。信じられないことに、体が本当に浮き上がった。

 ふわりふわり、くるりくるり。

 ああまさか、あんな大きな噴水を、あんな高くから、見下ろすなんて。

 まるで背中に翼が生えたようだとびっくりしていると、風吹く中に、幻が現れた。

 天から白く細やかなものが降ってきたのだ。きらきらほろほろ明滅しながらそれは見る間に降り積もっていった。

 少女がひときわ高く飛ぶと、沈殿したものが一斉に舞い上がりて、激しい嵐となった。

 それは。あたり一面、渦巻きうねる、花吹雪――





 あれは奇跡。大いなる祝福。一度きりの。

 初めてです、よろしくお願いします。そう叫んで、大きな噴水の前で唄い始めたから、あの少女は気まぐれにも快く、助けてくれたのだろう。でもよくぞ、共通語の唄であんなに幻を出せたものだ。

 噴水の前はものすごい人だかり。ヴァイオリンのケースにも、地べたの箱にも、銅貨がいっぱい。銀貨もたくさん混じっていた。

 でもお礼を言って分け前を渡す前に、少女はサッとどこかへ行ってしまった。

 あれから何年も、七つの街で辻唄いをしているけれど、運が悪いのか、再会したことはない。


「探し出したい。あの舞師の女の子」

「なんだって?」

「竪琴や古語を使わなくても、力を発揮できる舞師。見つけてもう一度……」


 銅貨が入っている箱を抱きしめて、唄い手が顔をくしゃりと潰す。

 また飛びたい。心地よい風に抱かれて、ふわりふわりと。

 感じたい。あの、優しい風を。 

 

「あたしの声にもう一度、翼を……あ……!」


 長い黒髪が見えた気がしたので、唄い手は振り向いた。

 もしかしたらと、たなびく髪の持ち主のもとへ走る。

 

「待って、そこの人!」


 行かないで。止まって。

 

「お願い!」


 すうっと声が伸びた。まるで翼が生えたかのように。

2020/12/09 作者本人ページでも同作品を公開のため、注を追記

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