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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第七回 たのしいお仕事企画(2019.4.27正午〆)
233/268

星になる石 (深海 作)

※作者本人ページでも同作品を公開しています。

『これは、石ころ』


 ある(ひと)にそう囁かれてから、僕はここにいます。

 小高い丘と丘の間。黄金色の葉を茂らせる森が、眼前に果てなく広がっている処に。

 両脇にある丘がほどよい幅で、嵌まり心地が大変良いので、僕はどうにも、動けないでいます。ここにはまだ、あの(ひと)の匂いが染みついています。ほのかに甘い、花のような香りが。


『星にならなかった、ただの石』


 その(ひと)は、永い間、ここに住んでいたようでした。

 湾曲した背に生える木はいったい幾本あるのか、大きな森になっていました。

 虹をたたえる滝から垣間見える双眸は、どんな赤よりも赤くて、ごうごう燃えさかっていました。

 それは睨まれたら一瞬で溶けてしまうような、熱線でした。

 苛烈なそれは一直線に、僕の心臓を貫いてきたのです。それからあの(ひと)はゆっくり音もなく、岩山を被った尻尾を僕に巻きつけてきて、じわじわ締め上げてきたのでした。

 

『赤の他人がなぜ気にする? お節介はいらぬ。捨て置け!』


 耳たぶにかかってきた息は、柔らにとろける灼熱の嵐。渦を巻いてうねり、僕をすっかり、焼き溶かしてしまいました。

 彼女は頑固な僕に鼻白んで、土や草木を落としながらゆっくり翼を広げ、西へ飛び去っていきました。怒りの囁きを聞いた僕の片耳は、それ以来、まったく聞こえなくなりました。火傷が治ってただの洞穴と化したそこに、今、フクロウの家族が住んでいます。




 鳥たちは、僕のことが好きみたいです。

 じっと動かないでうずくまっている僕の背には、いつしかたくさん、木が生えてきたのですが、それらが美味しい実をたくさんつけるからです。ピーチクパーチク、鳥たちのにぎやかなさえずりを聞くのは本当に楽しいです。

 みんな、どこからともなく集まってきます。スズメにムクドリ、カラスにハト。モズにシジュウカラ、それから時々ツバメ。まれにカモメ。

 ここは海からずいぶん離れているのですが、どこをどう見ても、僕の鼻先に停まって弾丸のように喋るそれは、まごうことなくカモメです。


「緑のお山さん、あなた知っていて? こないだ西の国が、滅んだのよ。そりゃあもう、熱くてまぶしくて――」


 ここに来る前に、僕は海岸に棲んでいたことがあります。その頃はとても小さかったので、カモメたちが僕を食べようと狙ってきました。固いくちばしが、僕の柔らかい部分を容赦なく刺してきました。

 

『憐れな』


 あのとき、紅蓮の瞳のあの(ひと)が通りかからなかったら。僕はあとかたもなく、貪り食われていたでしょう。

 

『のろくて小さくて無力。とても同類とは思えぬ』


 燃えさかる双眸がやんわり山をなすと、カモメたちは慌てて逃げていきました。たったひと睨みでみじめな生き物を救った彼女は、悠然と霧かかる山々の向こうへ飛び去っていったのです。

 

 ありがとう……!


 ひと言そう言いたくて、僕は巨大な赤い影を追いかけました。

 いと高き山にたどりついて、昇って、降りて、真っ黒な森へ入るまでに、僕はそこそこ、大きくなりました。

 それまでに何度も踏み潰されそうになったり、食べられそうになったりしましたが、あの(ひと)に会いたい一心で、逃げて隠れて転がって、必死に難を逃れました。 

 真っ青な森を通り抜け、紫色の森に入ったころ。さらに大きくなった僕は、ようやく誰からも襲われなくなりました。でも森には、どんな生き物がいるか知れません。慎重に慎重を重ねて、一歩一歩、安全を確かめながら、前へ進みました。

 黄金の森を越えて、ここにたどり着いた時。燃ゆる山のごとき巨大なあの(ひと)は、紅蓮の目を細めて僕を迎えてくれたのでした。


『ほう? まだ生きていたのか――』

 

  

 


「緑のお山さん、あなた真っ赤なお山を知っていて? 永いこと西の国に棲んでたんだけど、こないだ人間たちが、あの悪魔を退治しちゃったの、あたしその光景を見てきたのよ、巨大な槍を突き立てられた悪魔は、ものすごい溶岩を吐いて砕けてしまって、それで西の国は一面、炎の海――あらまあ、この実、甘くて最高」

 

 僕の背に生える果樹の森は、鳥たちの間ではかなり有名なようです。カモメは噂を聞いてやって来て、やみつきになりました。ひとしきり食い散らかすと、カモメは魚の味が恋しくなって、飛び去っていきます。でもしばらくすると、またふらりと、戻ってくるのです。


 くすんでゆく空。狭まりゆく森。


 ここにうずくまって、どのくらい時が経ったのでしょうか。

 僕は今日も願いながら、暖めています。

 あの(ひと)があきらめて捨てていったものが……燃ゆる瞳からきらりと一粒、哀しいきらめきを落として置いていったものが、ただの石ころではありませんようにと。どうか、星になりますようにと。

 あふれてくる涙を、抱きしめているものに落としたら、奇跡が起きないでしょうか。

 いつの日か僕は、小さな星に話してあげたいのです。

 

 あなたの母は。とても気高く美しい、女神であったと。

2020/12/09 作者本人ページでも同作品を公開のため、注を追記

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