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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第七回 たのしいお仕事企画(2019.4.27正午〆)
229/268

居能家の人 (北瀬多気 作)

「これを調べてほしいんス」

 案内されたオレンジ色の壁に、居能(いのう)は胡乱な目を向けた。壁の一点を指さしたスーパーマーケットの若い店長が苦い顔をする。

 壁に黒いテープが貼られていた。柱と柱の間、凹字型にへこんでいる壁に、これでもかとべたべたくっついている。いくら慎重に剥がしても跡が残るだろう。テープには黒地に白いポップ体で『お買い上げありがとうございます』の文字。買い物した際、商品に貼られるものだ。が、テープに書かれた店名はオレンジ壁のスーパーと異なる。

「先月、二つ先の交差点近くにできた店のです」

 居能が尋ねる前に、若い店長が先回りして答えた。

「馬鹿デカいディスカウントストアっスよ。買い物が一回で済むし安いからって、お客さんはあっちに流れちゃいました。おかげで今月は前年比割れて……」

「競合店の嫌がらせにしては地味ですよね」

 長い愚痴が始まりそうになるのを、無理やり仕事の話へ戻す。営業機密を外部に漏らすのはまずいだろうに、躊躇がない。

「たぶん、近所の子供です。例の店の影響で売り上げ落ちてンの知ってて、わざと」

 肩をすくめる店長に、居能は内心呆れていた。たかが子供のいたずらで自分を――居能家を呼び出すとは。

「居能さんにとっちゃ、たかがガキのいたずらでしょうけど」

 心を読んでいたかのように店長が息を吐く。

「最近、増えてんスよ。しょーもないのからガチなのまで。典型的な落書きや、錆びっ錆びの自転車の放置……今回のテープもそうっス。中には自分ちの家庭ごみ置いてく人までいる。監視カメラも置けない地元貧乏スーパーなら、何しても大ごとにならないだろうって高括ってるやつは多いです」

「つまり、依頼は見せしめってとこですか」

「ンな物騒な言い方……ま、反省はしてほしいス」

 話が見えてきた。要は居能の能力を抑止力にしたいわけだ。

「わかってもらえたトコで、早速お願いします」

 居能は手袋を外すと、右手を黒テープに触れさせた。

「……視えました」

「はやっ! もうわかったんスか?」

「ええ、まあ」

 居能の仕事は単純だ。

 対象物に触れる。

 物に宿る記憶を読み取る。

 読み取った内容を依頼主に報告して終了。

「犯人は小学四年生の男子二人。酒井竜星くんと鮎川大輝くん。竜星くんは()()()()()の同日、ここでボールペン万引きしてます。手口からして常習犯でしょうね」

 気の毒だが余罪まで発覚してしまった。「在庫が合わなかったのコレか!」と肩を落とす店長に、なんと声をかけていいかわからず棒立ちになる。

「居能さん、ども……お疲れっした」

 あからさまに気落ちしながらも、店長は財布から千円札を三枚取り出した。

「つか、マジで三千円でいいんスか? 居能家ってもっとお高いイメージだったんスけど」

「むしろ逆ですよ。異能力雇用制度で、多く貰えない決まりなんです」

 居能は手袋を着け直しつつ眉を下げた。

 誰でも一つは持っている異能力。この能力の強さが、国が定めた基準を上回ると、異能力雇用制度の対象者――通称、居能家の一員となる。

「己の能力を使用する職しか就けない。居住地は各自治体の規定に従うこと。年収は一定額を超えてはならない……金と権力を持てない仕組みなんです、居能家は」

 口の軽い店長につられてか、居能もつい愚痴をこぼしてしまう。昔は周囲と違うことに優越感を覚えた時期もあったが、いざ大人になってみると、強すぎる力は不便でしかないと痛感する。

 店長は居能に三千円を握らせながら、気の抜けた相槌を打った。

「強い能力でも生きづらきゃ意味ないっスねぇ。俺は掌に物体を引き寄せるって能力なんスけど、弱すぎて。床に落ちた画鋲探すくらいしかできません」

「いや、それくらいが健全でいいと思いますよ」

 物の記憶を視る能力なんて、ロクな仕事が回ってこない。定番は刑事事件の調査だ。あとは自殺した学生の遺品からいじめの有無を調べたり、迷惑行為の犯人の特定をしたり。浮気調査のような探偵じみた仕事まで――人間の暗い部分を視なければならない仕事ばかりだ。苦ではないといえば嘘になる。

「では、自分はこれで。また何かございましたら、お気軽にご連絡ください」

「あっ、ちょい待ち」

 一礼して去ろうとした居能を引きとめ、店長は小走りで店の奥へ向かう。一分たたずに戻ってくると、小さなビニール袋を差し出した。

「どうぞ。さすがに三千円じゃ悪いんで」

「そんな、貰えません」

「規則っスか? そうじゃなきゃ貰ってくださいよ。大したもんじゃないスけど」

 若い店長に押し切られる形で、居能はビニール袋を受け取る。


 ママチャリで近くの公園まで行く。ベンチに腰掛け、居能はビニール袋の中身を取り出した。

 珍味菓子と、冷えた缶ビール二本。居能にとっては贅沢な報酬だ。純粋な善意も含めて。

 若い店長に感謝しながら缶を開けた。数口飲んだ後で、

「やべ、飲酒運転」

 帰りの一キロは押して歩くことにした。

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