居能家の人 (北瀬多気 作)
「これを調べてほしいんス」
案内されたオレンジ色の壁に、居能は胡乱な目を向けた。壁の一点を指さしたスーパーマーケットの若い店長が苦い顔をする。
壁に黒いテープが貼られていた。柱と柱の間、凹字型にへこんでいる壁に、これでもかとべたべたくっついている。いくら慎重に剥がしても跡が残るだろう。テープには黒地に白いポップ体で『お買い上げありがとうございます』の文字。買い物した際、商品に貼られるものだ。が、テープに書かれた店名はオレンジ壁のスーパーと異なる。
「先月、二つ先の交差点近くにできた店のです」
居能が尋ねる前に、若い店長が先回りして答えた。
「馬鹿デカいディスカウントストアっスよ。買い物が一回で済むし安いからって、お客さんはあっちに流れちゃいました。おかげで今月は前年比割れて……」
「競合店の嫌がらせにしては地味ですよね」
長い愚痴が始まりそうになるのを、無理やり仕事の話へ戻す。営業機密を外部に漏らすのはまずいだろうに、躊躇がない。
「たぶん、近所の子供です。例の店の影響で売り上げ落ちてンの知ってて、わざと」
肩をすくめる店長に、居能は内心呆れていた。たかが子供のいたずらで自分を――居能家を呼び出すとは。
「居能さんにとっちゃ、たかがガキのいたずらでしょうけど」
心を読んでいたかのように店長が息を吐く。
「最近、増えてんスよ。しょーもないのからガチなのまで。典型的な落書きや、錆びっ錆びの自転車の放置……今回のテープもそうっス。中には自分ちの家庭ごみ置いてく人までいる。監視カメラも置けない地元貧乏スーパーなら、何しても大ごとにならないだろうって高括ってるやつは多いです」
「つまり、依頼は見せしめってとこですか」
「ンな物騒な言い方……ま、反省はしてほしいス」
話が見えてきた。要は居能の能力を抑止力にしたいわけだ。
「わかってもらえたトコで、早速お願いします」
居能は手袋を外すと、右手を黒テープに触れさせた。
「……視えました」
「はやっ! もうわかったんスか?」
「ええ、まあ」
居能の仕事は単純だ。
対象物に触れる。
物に宿る記憶を読み取る。
読み取った内容を依頼主に報告して終了。
「犯人は小学四年生の男子二人。酒井竜星くんと鮎川大輝くん。竜星くんはテープ事件の同日、ここでボールペン万引きしてます。手口からして常習犯でしょうね」
気の毒だが余罪まで発覚してしまった。「在庫が合わなかったのコレか!」と肩を落とす店長に、なんと声をかけていいかわからず棒立ちになる。
「居能さん、ども……お疲れっした」
あからさまに気落ちしながらも、店長は財布から千円札を三枚取り出した。
「つか、マジで三千円でいいんスか? 居能家ってもっとお高いイメージだったんスけど」
「むしろ逆ですよ。異能力雇用制度で、多く貰えない決まりなんです」
居能は手袋を着け直しつつ眉を下げた。
誰でも一つは持っている異能力。この能力の強さが、国が定めた基準を上回ると、異能力雇用制度の対象者――通称、居能家の一員となる。
「己の能力を使用する職しか就けない。居住地は各自治体の規定に従うこと。年収は一定額を超えてはならない……金と権力を持てない仕組みなんです、居能家は」
口の軽い店長につられてか、居能もつい愚痴をこぼしてしまう。昔は周囲と違うことに優越感を覚えた時期もあったが、いざ大人になってみると、強すぎる力は不便でしかないと痛感する。
店長は居能に三千円を握らせながら、気の抜けた相槌を打った。
「強い能力でも生きづらきゃ意味ないっスねぇ。俺は掌に物体を引き寄せるって能力なんスけど、弱すぎて。床に落ちた画鋲探すくらいしかできません」
「いや、それくらいが健全でいいと思いますよ」
物の記憶を視る能力なんて、ロクな仕事が回ってこない。定番は刑事事件の調査だ。あとは自殺した学生の遺品からいじめの有無を調べたり、迷惑行為の犯人の特定をしたり。浮気調査のような探偵じみた仕事まで――人間の暗い部分を視なければならない仕事ばかりだ。苦ではないといえば嘘になる。
「では、自分はこれで。また何かございましたら、お気軽にご連絡ください」
「あっ、ちょい待ち」
一礼して去ろうとした居能を引きとめ、店長は小走りで店の奥へ向かう。一分たたずに戻ってくると、小さなビニール袋を差し出した。
「どうぞ。さすがに三千円じゃ悪いんで」
「そんな、貰えません」
「規則っスか? そうじゃなきゃ貰ってくださいよ。大したもんじゃないスけど」
若い店長に押し切られる形で、居能はビニール袋を受け取る。
ママチャリで近くの公園まで行く。ベンチに腰掛け、居能はビニール袋の中身を取り出した。
珍味菓子と、冷えた缶ビール二本。居能にとっては贅沢な報酬だ。純粋な善意も含めて。
若い店長に感謝しながら缶を開けた。数口飲んだ後で、
「やべ、飲酒運転」
帰りの一キロは押して歩くことにした。




