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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第七回 たのしいお仕事企画(2019.4.27正午〆)
228/268

これが私のお仕事 (151A 作)

※本作の執筆に関するエッセイを作者本人ページにて公開しています。

 掃除は苛々している時の方が断然捗る。


 特にトイレなどの水回りを夢中で磨き上げていると、ふつふつと湧き上がる怒りが少しずつ凪いでいき、やがて達成感と共に心の汚れや乱れまで払拭してくれるのでまさに一石二鳥。


 しかし現在進行形で私が三つ並んでいるトイレの清掃に勤しんでいるのはなにか不満があるわけでも、嫌なことがあったわけでもない。


 なんのことはない。

 これが私のお仕事だからである。


 ささっと手早く床に箒をかけ、洗剤をつけたトイレットペーパーで各便座の裏表を拭いてそのまま上げておき、トイレ用の酸性の洗剤を使ってタワシで便器の中を洗い、縁の裏側にある窪んだ部分は首がカーブした小さいブラシで丁寧に磨き上げ、しゃがみ込んで目を細めじっくりと眺めた後、汚れが落ちていることを確認して頷いた。


 見えにくい場所だからってここで手を抜いてはいけない。


 誰が見ていなくても自分が見ている。

 無理をする必要はないけど、後で後悔するような仕事をしちゃいけない。


 そう私に教えてくれた鈴さんの言葉が常に心の中にあるから、できることをやらないという選択肢はないのだ。


 もちろんこの仕事は時間との勝負でもあるので、予想以上の汚れにより手間取った際には泣く泣く省くこともあるけれど、そういう時は次の日にいつも以上に力を入れて清掃するという自分ルールを設けている。


 何事もケースバイケースだ。

 柔軟さ大事!


 なんて。

 こういう風に考えられるようになった自分に正直びっくりだ。


 私は二年前、ノルマの厳しい部署で営業をしていた。

 ボロボロに疲れ果て、ストレスで言葉を上手く発することができなくなって逃げるように退職。


 通ったハローワークで「人と接する仕事は向いていないので、なにかもくもくとできる職を紹介してください」とつかえながらも訴えた私に、担当してくれた職員さんは親身になって話を聞いてくれた。


 そりゃあもう色んなことを。


 ほとんどが愚痴だったし、卑屈さマックスな状態だったから相当呆れられたに違いない。


 何度か通っているうちに紹介してくれたのが今お世話になっている清掃のお仕事で、正直「えぇ、そんな仕事?」と思わないでもなかったけど、ここの清掃会社は評判もよくて働きやすい職場なんですよと強くお勧めされて決めた。


 本当に軽い気持ちで。


 だって仕事をしないで家にいるっていう状況はすごく罪悪感があって、社会から必要とされていない=誰からも必要とされていないって図式がぐるぐると頭の中を回って悶々としていたから。


 とにかく働きたかったのだ。


 面接を受けてその場で「いつから来れますか?」って聞かれたので「いつからでも」と答えたら次の日からお願いしますっていわれ「マジか」とビビりながらも頷いてしまったので採用が決定。


 いくらコツコツひとりでできる仕事だとはいえ、最初からひとりで作業させてもらえるわけもなく、私の教育係として白羽の矢が立ったのが鈴さんで。


 彼女はこの道四十五年のベテラン中のベテラン、というか伝説の掃除人と呼ばれているほどのお人だった。

 伝説の掃除人なんて聞くとなんだかやばそうな暗殺業の人みたいに聞こえるけど仕事ができる普通のどこにでもいる女性だ。


 鈴さんの仕事は無駄が無くて丁寧で、そして愛があった。

 清掃という仕事に対して。

 そして人に対しても深い愛情を持って接するような人だったから。


 私はこうして今もお掃除という職業に誇りを持って続けられているんだと思う。


 プロ意識とやりがいがなきゃ、こんなにきつくて給料も安い仕事よっぽどの理由が無い限りできない。


 便器用の雑巾を使って三つの便器をピカピカにした後、床用の雑巾でモップでは掃除しにくい個室の床をゴシゴシと拭き上げる。

 除菌スプレーと新しい雑巾を使ってドアとノブを両面共に清めれば、残るは洗面所本体と広い床面だけだ。


 ここまでくれば作業もほぼ終わりに近い。


 消臭効果と汚れ落ち効果のある洗剤を霧吹きで床のタイルに吹き付けて気合を入れてモップがけ。

 この時左手の親指を柄の後ろに当てて握り、右手はそこから三十センチほど下辺りを持って背筋を伸ばしてモップを左右に動かしながら後ろへ下がるのがコツ。

 一番端まで来たらゴミを巻き込むように意識しながら先を八の字に動かして、拭き残しがないように気をつけながらまた後ろへ下がって――を繰り返す。


 隅々に拭き残しや塵がないか厳しい目で確認してから次の作業へ。


 手洗いのボウル、蛇口の縁や裏側まで磨いて、カウンター部分含めて乾いた布で水一滴逃がさず拭い、鏡も二度拭きして仕上げて。


「終了!」


 掃除道具を片付け、集めていたゴミを持ちぺこりと一礼してトイレを出ると、丁度通りかかった事務員さんが「お疲れさま。いつもありがとう」と一言。


 ああ、単純だけど。

 それだけで報われる。


「お疲れさまです。こちらこそいつもご利用ありがとうございます」


 心は曇りなくクリーンで。

 返す言葉にも。


 今はもう不自由することはない。

2019/05/08 エッセイ公開に関し、注を追記

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