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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第七回 たのしいお仕事企画(2019.4.27正午〆)
226/268

異世界に救いを求めると、足元をすくわれるって理論 (狼子 由 作)

※異世界転移の要素があります。

 ああクソ、なんもかんもうまくいかねぇ。

 スニーカーの靴底がめくれ、森の木の根に足を取られて立ち止まった。


 オレは、背中から重い荷を下ろした。しゃがみ込んで、靴底を紐で足に括り付ける。歩きにくいが、靴を買う金はない。もう何度目かの()()だが、これでしのぐしかない。

 荷を下ろした途端、じわりと肩の血流が動き出すのを感じた。担ぎっぱなしの背負い紐の跡が、肉の奥からぴりりと痛痒い。

 いや、痒いのは血流が止まっていたせいだけじゃない。安全な飲料水が潤沢とは言えないこの世界じゃ、安全でない水にすら高値が付くのだ。身体を洗ったのはいつだったか。


 背負っていた荷は、その貴重な飲料水だ。

 遠い水場まで汲みに行っても、縫い目の安い荷袋じゃ運んでいる間にどんどん目減りしていく。自分の体重と同じ分量を担いできたところで、街に着いた頃には5分の1ぐらいに減っているはずだ。

 そうとは知っていても、この世界の土地も碌な知識も持たないオレに、選べる仕事はそう多くない。


 荷袋の口を緩く開け、欠けた小皿に半分だけ水を汲む。加減しつつ、ちびりと口に含んだ。喉は乾いてひりつくが、一息に飲んでは勿体ない。


 こんなはずじゃなかった。

 魔術が使える世界ってのは、もっと夢があるもんだとばかり。

 勇者だとか、チートだとか、そういうのが待ってるんだと思ってた。


 ――現実はそんなに甘くない。オレだってそれは分かってる。だが、わざわざ女神とやらが迎えに来たんだ。少しは夢も見るってもんだ。


『あなたのような人に、私の世界を救ってほしいのです』

 蕩けるような笑みで、薄衣を纏った女神はそう言った。

『あなたからは、たぐいまれな魔術の才能を感じます。その力で、どうか』

 オレは素直にその手を取った。

 求められて赴くなんて、初めての経験だったから。


 ――だけど、こんな世界なら元の方が数倍マシだ。

 チートなんてない。異世界人への特別な待遇もない。

 言葉も碌に通じないから、数か月経った今、ようやく片言理解できる程度だ。

 楽園には程遠い世界。生き抜くために選べるのは、単純な肉体労働だけだった。


 水売り。水場から水を汲んできて、売るだけの仕事だ。

 一日に何往復も歩き続ける、一時も休めぬ重労働。それでいて、得られる金は食うに足るかどうかだけ。

 売り物を歯噛みする思いで啜りながら、毒づいた。

 騙された。あの甘美な笑みを浮かべた女神に。

 瞳が潤んできたが、水さえ存分に飲むことの出来ない今は、涙一滴も惜しい。

 薄汚れてすり切れた袖で、乱暴に目元を拭う。立ち止まっていれば、その間に水はどんどん減っていく。

 立ち上がり、歩き出したところへ――小さな影が、横からぶつかってきた。


「――Raia?」

「痛ぇぞ、こら!」


 尻餅をついた途端に肩紐がちぎれ、汲んできた水が石畳にぶちまけられた。


「てめぇ、なんつーことを……!」


 ぶつかってきた相手は、ちっこいエルフだった。少女――いや、少年か? どっちにしろ、ガキだ。肌は白いし顔立ちは整っているが、短い金髪ははねまわり、簡素な服には化粧っ気を感じない。青い瞳を驚いたように見開いて、オレを見下ろしてる。

 細い手足を見上げてから、オレはその胸元に掴みかかった。


「商売もんが全部パーだ! どうしてくれんだよ!」

「Thirumea kousatalru まさか estaed……人間 keitaoe nazowwsueta!」


 興奮した様子で、逆に詰め寄られる。半分以上が何言ってんのか分かんねぇ。これだから、この世界の人間は。

 舌打ちしたオレの顔を見て、エルフは何かに気付いたように頷いた。懐から取り出した羊皮紙の塊をめくって、慌ただしく頁を追う。

 一瞬引きかけたオレの肩を逆に掴んで、唇に指先を触れて来た。

 

「JKOUTOEID WQ APKSOT STE――の祝福よ、この者に知恵の光を」


 耳がおかしくなったのかと思った。

 突然、エルフの言葉の意味が、滞りなく理解できるようになった。


「何だ、これ――?」

「あ、成功したようですね、良かったぁ。私の言葉分かりますよね。もう本当、びっくりしました! まさかDISCSALの伝承通りの人がこんなところに……ああっTAGIROPRNの法則にもありましたね、これがもしかしてTAGIRNININDEってことですか!?」


 掴まれた両手を反射的に振りほどいた。まくしたてる勢いに危険なものを感じたからだ。


「ここであなたに会えて良かった。私、ちょっとお願いがあって……」


 笑いながら、エルフが背後を指し示す。

 そちらに視線を向けたオレの前に立っていたのは、巨大なドラゴンだった。


「……追いかけられちゃって困ってるんです。助けて貰えませんか?」

「何でオレが!?」

「だって、DISCSALの伝承によるとあなたにはFSWOIDELの力が眠っているんでしょう?」


 でしょう? って聞かれたところで知るもんか!

 しがない水売りに何を求めてくれんだ、あんたは!

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