カタキ・カタログ・カタナカジ (冴吹稔 作)
例えば。
例えば、きみが何者かの悪意に踏みにじられ、大切なものを奪われて地に倒れ伏した後。
そして幸運にもなお、立ち上がって歩き出すことができたとき。
そんなときは是非、僕の工房を訪ねてきて欲しい。
「三角入り江」の東側、赤く塗られた浮桟橋のそばに、再生コンクリートで塗り固められたいびつな卵型のドームがある。そのてっぺんからは絶えず黒い煙とオレンジ色の火の粉が上がり、発電用の風車三基が回り続けている――それが目印だ。
「イアン・シプロキ鍛冶工房」。
そこで、僕は今日も鋼を打っている。
* * * * * * *
剣を、作ってくれませんか――
開口一番に、少女はそう言った。
背中には、半ば風化した合成樹脂の廃材でできた、不格好な背負子。その上に種々雑多なくず鉄を、幼い体が耐えうる限りにくくり付けている。
どこから来たのかもわからないが、よくここまで歩いてこれたもの――そう思わせるほどに、体も手足も細かった。
「ああ、いいとも――だけど、材料はそれでいいのかい?」
商売だし作ってやることに異存はない。だが、作りっぱなしというのは僕の信条に反する。
少女は隙間風のような声でゆっくりと答えた。
「はい。質が良くないのは分かってます。でも、他にどうしようもありません」
そうだろうな――僕はため息をつく。この程度の量でも、何の後ろ盾もない子供が一人でかき集めるにはいささか荷が重すぎる。多分交易路から離れた、埋蔵量に乏しい廃墟で長い時間をかけたのだろう――だが、そういう鉄はえてして質の方もお察しだ。
だからこそ、剣を求めるのに僕の所へやってくるのだろうが。
「いったい、何を失ったんだ?」 ――動機は、たぶん復讐だ。
「……失わずに済んだものを数えた方が早いです。それでいえば、あなたが今見ているもので全て」
おもわず目を見開いて彼女を見てしまう。およそわずかでも修辞のきいた言い回しなど、この辺りではめったに聞かれない。
「……そんな物言いができるってことは、生まれも育ちも悪くはないんだな」
少女は無言のままだったが、それは雄弁な肯定の返事だった。細いがまっすぐな手足。肉のそげた顔は汚れてはいるが、一つ一つのパーツは均整の取れた優美な形をしている。
野盗や水賊の襲撃で親も家も失い、辛うじて五体満足な体だけが残った生存者か――
「……ま、その材料でも『勇将』等級の小ぶりなものなら問題なく作れる。余る鉄材は料金代わりにこちらでもらう――それでよければ」
「ええ、それで十分です――最初は」
駆け出しの剣浪たちの間では、大昔の板バネや鉄パイプをグラインダーで研いだような、劣悪な代物も流通している。勇将程度で大勢を相手にできるわけではないにしても、それらとは一線を画する厳然たる力となるだろう。
もちろん、いきなり目標の相手に食いつけるわけではない。自分の力を貯えるために、必要のない殺しもたくさん重ねることになるのが世の常だ。彼女もそれは分かっているらしい。
「商談成立だ。とりあえずそうだな、当分はここに住み込んで飯を食うといい」
「え」
予期せぬ申し出だったらしく、彼女の視線が揺らいだ。希望と猜疑の間で、行きつ戻りつする心そのままだ。
「……きみ、名前はなんと?」
「……も、モイラ」
少女は少し顔を赤らめて答えた。耳慣れない響きだが、確かどこかの神話に出てくる女神の名だったか。
「モイラ、ね。ちょうど、根性の入った助手が欲しかったところだ。仕事場を手伝ってもらおう。足りない分の工賃はそれで相殺。ついでに甲冑職人や剣技の教官も紹介してやるよ、時期がきたら、な」
彼女は次の瞬間、ぎこちないものではあるが明らかな笑顔を作って、うなずいた。語尾は次第にかすれ震えて、すすり上げる水音が混じった。
「ありがとうございます……ありがとうございます!」
「……その時は『エレル氏族』等級を作らせてもらうかな」
やれやれ。いろいろと物入りになりそうだ。寝床にする繊維製品に食器、育ち盛りに適した食料も。当分、今の二倍の仕事をこなさなければ。
細かく計算すればほとんど儲けにはならないが、これも因果、持ち回りというやつだ。僕自身も同じようにして剣浪を志し、やがて鍛冶師になったのだから。
仕事には翌日からかかった。持ち込まれたくず鉄を電気炉に放り込み、アーク放電の熱を使って溶かす。酸化と還元を経て得られるのは、元の材料の品質に影響を受けにくく、ある程度まで望んだ通りの性質を付加された鋼だ。
そうやって得られた鋳塊を小型のコークス炉で再度熱し電動ハンマーで丹念にたたき延ばし、成型していく。油を使っての熱処理、そしてさらに研磨。
五日ほどかけてできあがったのは、刃渡り50センチほどの反りのある片刃剣――旧世界でワキザシと呼ばれたモデルだった。




