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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第七回 たのしいお仕事企画(2019.4.27正午〆)
223/268

泣き笑い道化師 (百里芳 作)

 ここに立つと、ゲロ吐きそうになる。

 薄暗い舞台袖。幕の隙間から観客たちの期待に満ちた息遣いが聞こえてきた。

 それを聞いているだけで、胃が冷たくなって膝が震えてくる。

 ……昔はこうじゃなかったのに、いつからこうなったのだろうか。

 昔の俺は舞台の上に、観客の前に一秒でも長くいたいとすら思っていたのに。

 今は舞台が怖い。

「サッカルト、時間だよ」

 座長のばあさんが無慈悲に開幕の合図を告げた。

「ああ、わかってる」

 今日こそは大喝采を――ありもしないことを夢見ながら俺は一歩踏み出した。

 

 

 どうもー! こんな古臭い劇場におこしいただき、感謝感激でございます。

 本日のショー、前座は『最年長の道化師見習い』ことアルフレッド・サッカルト・リヒテンシュタインが担当します! ご存じない方も名前だけは憶えて帰ってくださいね。

 まあ『最年長の道化師見習い』ってフレーズくらいは聞いたことがあるでしょう。数年前からこの時期になると、こんな新聞記事が掲載されるんですから。

「アルフレッド・サッカルト・リヒテンシュタイン(本名:サッカルト・フォーニア(36))、今年も『道化師見習い』最年長記録を更新」……ってやかましいわ!

 何が腹立たしいって、この記事が私の誕生日に掲載されることですね。ええ、本当に腹立たしい。

 いや、失敬――気を取り直してまいりましょう!

 最初は楽しい楽しい漫談を――えっ、聞きたくない?

 それでは私の十八番、パントマイムを――ちょ、ちょっと! 卵はやめてください。掃除係が大変なんですから!

 舞台に物を投げないで! ほんと、やめて……!

 

 


「おつかれさん、サッカルト。今日も滑ってたねえ」

 楽屋に戻ると、座長の婆さんが道化師見習いの青年に肩を揉まれていた。

 お前さんはこういうふうになっちゃいかんよ――婆さんはニヤニヤと振り返りつつ、青年に告げる。

「そうそう。いい年して準クラウンにすらなれない、俺みたいな貧乏なおっさんに――って誰がおっさんだ!!」

 体に染みついたノリツッコミ。ちらりと視線を送れば、青年は困ったように笑っているだけだった。

 まったく。俺があれくらいころは、先輩のギャグにすぐ大笑いできるよう特訓をしたものだ。そもそも道化の基本は『笑い』だろうに。婆さんは見習いに何も教えてないのか。

 

 この街は道化師(クラウン)が正規の職業として扱われる、国内でも数少ない場所だ。

 道化の仕事はただ一つ、人を楽しませること。どんな方法でも、観客を喜ばせたもん勝ちだ。

 俺は輝く舞台を夢見てここへ来た若者のひとり――だった。

 多くの若者は数年間見習いをして、正あるいは準クラウンとしてどこかの劇場に所属する。

 中年になっても辞めずに、20年も見習いを続けているのは俺くらいだ。

 

「サッカルト、今日はもう帰るのかい?」

 婆さんの声に我に返る。

 俺が頷くと、婆さんはニヤニヤ笑いのまま俺に小包を投げ渡してきた。

「唯一のファンからの差し入れだよ」

 死んだ愛犬に似ているという理由で俺のファンをやってくれている肉屋の娘さんの顔が思い浮かぶ。

 小包は、大きさと重さからしてベーコンだろうか。

 

 

 家に帰ると、俺はすぐに差し入れの包みを開いた。

 中にはベーコンの塊。酒瓶をわきに寄せ、小さなまな板とナイフで分厚く切り分ける。

「おっれっにっも~♪ ファンがいる~……♪」

 鼻歌交じりにベーコンを炙り、空いた手で酒瓶の栓を抜く。

 待ちきれなくなって、俺はベーコンにかぶりついた。そのまま酒をあおって、油と塩気を胃へ押し流す。

「かーっ! 久々の肉は染みるな!」

 ベーコンと安酒で幸せになれるとは、我ながら安上がりだ。

「肉はな、安くたって美味いんだよ。そもそもファンのプレゼントを喜ばなきゃウソってもんだ」

 田舎を出て20年。独り言はすっかり癖になってしまっている。

「……実家を飛び出したころは、数年で正クラウンになれると思ってたんだがなあ」

 理想の俺が立っているのは、ボロボロの舞台ではない。

 最新式の魔法灯で照らされる広いステージ。客席は3階まであり、みんながオペラグラスで俺を見ている。酔っぱらって高いびきの客なんてひとりもいない。

 仕事が終われば、美女と一緒に飯屋で高級な酒と肉を楽しむ。

「見習いのまま、ベーコンで一喜一憂するはずじゃなかったんだけどなあ」

 あははは。

 どうしてこうなった。

 俺はただ舞台で、みんなを楽しませたかっただけだ。

 だのになぜ、俺はこんなにもしみったれた中年になっている。

 わかってるよ。

 才能がないんだろ。

 けどなあ、そんなやつ一杯いるだろ。

 面白くもねえのに正クラウンになってるやつ。

 あいつと俺の何が違うんだ。

 あはははははは!

 俺よ、泣き笑いの演技が美味いじゃないか!

 これならこの街で誰にも負けない、いや世界でも頂点だ!

 あははは、はははははははははは!

 俺は辞めねえぞ、道化師を。

 だって俺は、道化師になって、みんなを笑わせて、ただそれだけでいいんだから。

 あは、あはは、はははは! ああ、ああああ。

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