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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第七回 たのしいお仕事企画(2019.4.27正午〆)
222/268

我は告げる神の御言葉 (キュノスーラ 作)

 雷鳴のような大音響とともに、ランプの灯りを遮るほどの白煙が噴き上がり、太った商人はヒィと高い悲鳴をあげて豪華な座席から転げ落ちた。

 床に這いつくばりながら見上げた商人の目の前で、地面の割れ目から噴出した煙に全身を包まれ、白い衣の巫女ががくがくと全身を震わせ始める。

 かっと開いたその口から、大量の泡が溢れ出た。

 やがて、巫女の体の震えがぴたりと止まった。

 そして、泡にまみれた口から、朗々とした声が流れ出した。


『西ノ 光ト 闇ノ 狭間ニ ソレハ 現レル!』


 明瞭な言葉はそこまでで途切れ、しばらくぶつぶつと意味不明な音の羅列が続いたかと思うと、巫女は突然金切り声を発し、石の台の上にくずおれた。

 数人の少女たちがあらわれ、倒れた巫女を助け起こして、別室へと運び去る。

「しかと、お聞きになりましたかな? 神のお告げを」

「へっ、はっ、はいっ!」

 近づいてきた若い神官にたずねられ、太った商人は、脂汗にまみれた額をしきりに拭きながら何度も頷いた。

「確かに、聞きました。盗まれた私の馬は、西で見つかると! しかし、光と闇の狭間に、というのは、どういうことなのか……」

「いけませんな」

 若い神官は、重々しくかぶりを振った。

「あなたは、神の言葉を、勝手な思い込みで解釈しておられる。それでは、失せ物は見つかりません」

「何ですと?」

 商人は、憤慨して立ち上がった。

 今のお告げを聞くために、彼は、盗まれた馬の半分近くの値を支払ったのだ。

「しかし、巫女様は確かにこう仰ったではありませんか。『西ノ 光ト 闇ノ 狭間ニ ソレハ 現レル』と! 私の解釈に、どんな間違いがあるというのです?」

「『西の光』です」

 神官は、小馬鹿にするような調子で言った。

「神のお告げが示していたのは『西の』『光と闇の狭間』ではない。『西の光』と『闇』の狭間、です。西の光とは、すなわち夕暮れ。闇とは夜。その狭間――つまり、今のお告げは、馬が見つかる方角ではなく、時間帯を告げていたのです。いくら人手を繰り出して、西の方角を探させたところで、まったくの無駄に終わるでしょうな」

 商人は、目を丸く見開き、口をぱくぱくさせた。

 古来、神の言葉の解釈を誤ったために大損害を被り、身の破滅となった人間たちの例は枚挙にいとまがない。

 危うく、自分自身もその一人になるところだったのだ。

「それに、神のお告げは、それだけではなかったでしょう? 巫女は、続きを語っていたではありませんか。夕日が沈み、闇が訪れるときに、どこで何をすれば馬が戻ってくるのかを……」

「えっ」

 まさか、あの、ぶつぶつと口にされた意味不明な音の羅列が、お告げの肝心な部分だったというのか。

「この後、別室で『解き明かし』を受けていただくこともできますが、いかがなさいますか?」

 神官は、どこか上の空という調子で言った。

 ぴたりと真実を言い当てると評判のこの神託所には、日々、神の言葉を求める者たちが大勢詰めかける。

 後がつかえている、ということだろう。

「特にご希望でなければ、どうぞ、このままお帰りくださって――」

「いや、希望する! 『解き明かし』を希望します!」

 太った商人は、神官の衣のすそを掴まんばかりにして言った。

 時として謎めいた言い回しで下される神託の意味を神官たちが読み解き、一般人にも理解できるように解説する。それが『解き明かし』だ。

 無論、別途料金が発生するが、人の身で、神の言葉を理解しようというのだ。

 それくらいの出費は、当然のことではないか――

「どうぞ、こちらです」

 若い神官はにこやかに裾を払い、腕を振って商人を促した。


     *


「アポロニオス」

 片膝を立て、だらしなく壁にもたれかかりながら、巫女は神官を手招きした。

 日はすでに落ち、神託所の「営業」は終了している。

 白い衣を脱ぎ捨て、着なれた部屋着をまとった巫女は、のままの葡萄酒を飲み、骨付きの炙り肉をむしゃむしゃと頬張りながら言った。

「今日の最後の客……相当、払いが良かったらしいじゃないか? あたしには、何もないのかい」

何も・・ない・・?」

 若い神官――アポロニオスは、馬鹿にしたように笑った。

「上等の葡萄酒を飲み、肉をたらふく食いながら、何もないだって? おまえは、同じ年ごろの農家の娘たちが夢にも見られないほど、贅沢な暮らしをしているじゃないか」

「アポロニオス、そういうあんたは、あたしよりもずっと贅沢な暮らしをしてるじゃないか。客の支払う黄金を一人占めにしてさ。客は、あたしの言葉を聞きに来てる。あたしがお告げを下さなけりゃ、ここの神託所はたちまち寂れちまうんだよ。あたしにだって、金をもらう権利――」

「権利だ?」

 アポロニオスがぼそりと口にした言葉に危険な響きを感じ取り、彼女は口をつぐんだ。

「おまえに、何の権利がある? 俺の言う通りのせりふを、その薄っぺらな頭に叩き込んで、しゃぼん草を噛みながら小芝居をして、それで食わせてもらってるだけでもありがたいと思うんだな」

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