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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第七回 たのしいお仕事企画(2019.4.27正午〆)
221/268

マリルー (たびー 作)

 人魚のマリルーは一日ぶりで潜った海から魚をとってきました。泳ぎまわって疲れたのでしょう。砂浜に寝っ転がったまま、魚をむしゃむしゃ食べています。すると、おこぼれにあずかろうとカモメたちがやってきて魚の取り合いになりました。

「もう、あっちいけー!」

 ガラガラの声に驚いたカモメたちはいっせいに逃げ出しました。ふう、と青い瞳に安堵の色を浮かべました。

「相変わらずだねえ、マリルーは」

 息子の手を引いて夕方の散歩に出て来た、領主のジェラルドが声をかけてきました。マリルーは魚の尻尾を口に放り込みました。

「誰かに見られたら、人魚への夢をぶち壊すから。ほっぺに海藻がついているよ」

 ジェラルドはにこにこ笑っています。ジェラルドのゆったりした白い上着が夏の涼しい夕風をはらんでふくらみます。

「誰もこない。ここはあんたの爺さんから貰った浜だから。おいで、セドリック」

 マリルーの声は、かすれた声でジェラルドの息子、セドリックを呼びます。人魚の眷属には、歌で船乗りを魅了するという種族もいると聞きますが、マリルーには歌など似あいそうにありません。

 マリルーは、はちきれんばかりの笑顔で駆け寄って来たセドリックを抱き上げました。

「重くなったのね、セドリック」

「夏が終われば、三才だ」

 ジェラルドが答えました。

「もうすぐ抱っこして泳ぐなんて、できなくなる」

「そしたら、セドリックに泳ぎを教えておくれ。わたしや父に教えたように」

 そうね、とマリルーは父親譲りの巻き毛のセドリックの頭をなでました。

 セドリックはまだマリルーと遊びたがりました。けれど水平線に黒い雲が湧いてきています。暗くなる前にとジェラルドに手を引かれ、お館へ帰っていきました。

 またマリルーは砂浜へ寝そべりました。貝殻で作った胸当てと素肌のあいだを波がなんども洗います。眠っていたマリルーの鼻を、つんとつつくものがありました。目を開けると、顔なじみの海亀がいました。マリルーと目が合うと、亀の口からポカンと泡が二個吐かれて、一つがぱちんと割れました。

『マリルーおば様、南の仲間からの知らせです。空が騒がしいようです』

 マリルーは体をぱっと起こして、空を見上げました。いつの間にか、月も星も漆黒の闇に塗りつぶされていました。風の音に聞き耳を立てました。ひゅうと、高い笛のような音がかすかに耳に届きました。波のうねりをさぐろうと、沖へと体を向けました。そのとき、二つ目の泡がはじけました。

『ロゼは魔女と契約しました』

 マリルーが振り返ると、海亀はあくびをするようにいちど大きく口を開けて、ゆっくりと閉じました。

 マリルーは一度目をぎゅっと閉じて、尾を強く振り海へ潜りました。

 昏い海の中、海流とは別の、大きなうねりを感じました。嵐の兆しを感じ、沖へ確かめに行こうとしたとき、マリルーは高波に呑まれました。一瞬体が回転し、緑色の髪が波に弄ばれます。

 海面から顔を出すと、大粒の雨が顔に当たりました。風が唸りを上げ始めます。嵐は恐ろしい速さでやって来ました。

 マリルーは浜を振り返りました。断崖に囲まれた砂浜の奥には、ジェラルドたちの住む館があります。激しいの雨に霞んで見えました。

 マリルーは沖へと視線を移し、唇を噛みしめます。

 どん、という音が遠くからしてきました。稲妻が空を走ります。今、まさに浜辺に大波が押し寄せる波に体を揺さぶられ、ぐっと持ち上げられる感触にマリルーは乗りました。そして波の頂から迷わず宙へと体を投げ出すと、大きく口を開け吸い込んだ息を一気に波へぶつけました。

「!」

 叫び声とも悲鳴ともつかぬ声が山のような波にぶつかり、波は蹴散らされます。

 館のある浜は波が奥に行くほど大きくなるのです。マリルーはなんどもなんども宙へ飛び上がり、浜へ襲い来る波を消しました。大波を、荒れ狂う波を崩します。空へと跳ね上がったとき、遠くに見えるジェラルドの館が波に飲まれないようにと。

 胸も喉も、張り裂けそうです。舞い上がるごとに、水をかきわける腕も尾も、力を失いかけます。嵐にもみくちゃにされながら、それでもマリルーは叫び続けました。

 どれほど時間が経ったでしょう。いつしか夜は明け、黒い雲の隙間から朝のひかりが差し込んできました。海はまた優しさを取り戻し、浜辺に倒れるマリルーの体を労わるようにカモメたちが舞い降りてきました。

「マリルー! 人魚姫!」

 ジェラルドの声がします。ジェラルドの無事を知って、マリルーはそのまま眠りに落ちました。

 人間の足が欲しいと思はない。この浜辺にさえ、いられたらいい。あなたの子どもたちを見守れるなら、それでいい。長すぎる生を無駄に使うなと仲間たちは言うけれど。

「マリルー……」

 マリルーの頭をなでるジェラルドの手は、かつて愛した人の手とよく似ています。

 夏の終わりの風に、白いハマギクが揺れていました。

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