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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第七回 たのしいお仕事企画(2019.4.27正午〆)
218/268

明太マヨたこ焼き (中條利昭 作)

 ひと月前まではすっかり暗かった午後五時過ぎ。仕事帰りの社会人や部活帰りの高校生がこれから増えてくる。

 駅前の居酒屋の外壁に寄生するように設置された屋台からは、駅が直接見えない。しかし電車の止まる音なら聞こえる。そろそろ降り立った人の群れがこの前を通るだろう。

「ありがとうございました!」

 たこ焼き三人前を主婦のお客に渡すと、彼女はそれを自転車のカゴに入れ、軽く会釈してから走り出した。夕食にたこ焼きは珍しいが、たまに出すと小学生のお子さんに喜ばれるらしい。冷めてから帰ってくる夫はげんなりした顔を見せるらしいが。

 駅から群れがやってくる。コートを羽織った集団の中に、美しい衣装の女性が映えていた。春色に目を奪われていると、彼女の足がこちらに向き、群れから抜けた。

 あ、お客か。

 いらっしゃいませを言おうとした矢先、彼女は笑顔で手を振った。

「やっほーお兄ちゃん」

「……あ! 咲良か! いつもの芋らしい格好じゃないから気づかんかった」

「失礼な」

 常連の少女はその場でくるっと周り、布をふわりと舞わせる。まるで花が咲くような可憐な動きだが、慣れない格好をしているせいか、半回転くらいのところでバランスを崩した。

「危なっ、こけるとこやった」

「それはこけてから言うセリフや」

「新喜劇に汚染されすぎ。注文はいつものでヨロ」

「はいよ、明太マヨ紅生姜マシマシ六つね」

 先ほどのお客さんで鉄板一枚ぶん焼いた残りがあるが、それらには紅生姜が入っていない。うっかり咲良に渡してしまうと「作り直せ。ネットに悪口書き込むで」と脅されることは経験済みなので、鉄板に新しく生地を流し込む。

 くぼみ半分ほどまで流し、たこの切身をひとつずつ入れていく。紅生姜を振りまくと、引き寄せられたみたいに咲良の顔が近づいてきた。

「たこ焼き屋さんって、ぶっちゃけ儲かるん?」

「いいや。なんべん安定した職業に転職しようと思ったか」

「お兄ちゃんの顔じゃ無理やな」

「うるさいわ」

 第二陣の生地を投入する。今度は大胆に、溢れ出すくらい。

 数秒おいた後、第三陣をなみなみ流しこむ。ムラができないよう細かく、慎重に。

 この後はしばらく様子見。焼いている様子を楽しみにしているお客もいるので、この手持ち無沙汰の時間は、たこ焼き屋の腕の見せ所――口の見せ所でもある。

「今やから言うけど、明太マヨは期間限定の予定やったんよ」

「そうなん?」

「でも部活帰りのお前が毎日のように頼むわ友だち呼ぶわで辞めるに辞められんくなって。他のより原価高くて全然儲からんから、めっちゃ恨んどる」

「あはは、ごめんごめん」

「末代まで呪うから覚えとけ」

「そんなに!?」

 キリを手に取り、ひとつひとつひっくり返していく。慣れた作業なので喋りの片手間でもできるが、俺が若い頃からの常連である少女は話しかけてこない。いつもはスマホなどを見ているが、今日は小学生のような目で回転する球体に目を輝かせていた。

 ひっくり返し終えると、隙間に最後の生地を流し入れる。

「おお〜、うまくなったな、お兄ちゃん」

「お褒めに預かり光栄です、師匠」

「うむ、苦しゅうない苦しゅうない。話戻るけど、辞めよう思ったんなら、なんでずっと続けとるん?」

「お前みたいなおてんば娘を野放しにしたら街が危ないやろ。俺はこの街を守っとるんや」

「お勤めご苦労様です!」

「なんかムカつく」

 くぼみの外の生地を球にくっつけさせるように回転させていく。完成が近づいてきた。

 あえて触れてこなかった話題へ先に手を出したのは、咲良だった。

「こうやってお兄ちゃんと喋るのも、今日で最後やな」

 目の前の少女は、もう少女ではない。

 若芽のような着物の袴姿は、すっかり一人前の大人。ロングヘアを毛糸の帽子のように編んでいる。目の周りが赤く腫れていて、アイラインの流れた跡が薄く残っていた。

「明日の朝には東京やっけ」

「うん」

「初めて会った頃は、お前もまだ母さんと手を繋いでたってのに。時間ってのは、早いな」

「お兄ちゃんもすっかりおっちゃんやな。独身やけど」

「やかましい」

 再びたこ焼きを回していくと、粗がなくなり、形が整った。火を弱める。

「なあ、お兄ちゃん」

「なんや」

「さみしい?」

 焼きあがったたこ焼きを舟皿に乗せる。ネギをいつもより指一本多くつまみ、振りかけた。明太マヨのチューブを手に取り、桜色で球の隙間を埋めていく。

「せやな。お兄ちゃんって呼んでくれる人がおらんなる思うと、さみしいな」

 最後にかつおぶしをかければ、いっちょあがり。踊るかつおぶしを押さえ込むように蓋をして、輪ゴムで止める。

「どうぞ」

「やったー! ありがとう!」

 代金は要らん、おごりや。

 そう言いたかった。でも、どうしてか、口を開くことができない。

 どうぞ、とは言えたのに。

 結局小銭を受け取ってしまう。さらりとした指は、冷たかった。

「いただきまーっす」

 蓋を開け、楊枝で頬張ると、咲良はいつものように「あつっ!」と飛び跳ねた。

2019/08/15 一部修正

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