奴隷売買は合法的に (Veilchen(悠井すみれ) 作)
その男は、客に商品の説明を読み上げた。
「アシャ―ルの繁殖場生まれ、十五歳、雌。白の単色、短毛、目は金。三世代前までの血統書がついております。ご覧になりますか?」
男の口上は、この国での奴隷売買に関する法に則っていた。売買する獣人族は、国の基準を満たした認定繁殖場で一定の年齢までは親きょうだいと共に飼育すること。残虐な行為には厳に対処すると、公的には主張している。
「いや、いい」
男が手元の紙を見せようとしてくるのを制して、俺は首を振った。どうせ他人の記録を切り貼りした贋物だ。
「ぐるる……」
商品であるところの猫族の少女――というか子供は、贔屓目に見ても十二歳程度。繁殖所で大切に育てられたにしては、客の前で耳を寝かせて怯えと警戒を露にしているのはおかしい。手枷と足枷で動きを、口枷で唸り以外の声を封じられているのも。
分かり易い違法奴隷だ。手間暇かけて奴隷を育てるより、法の及ばない国境の外から攫ってきた、というところか。
「このコにする。幾らだ?」
「三千です。繁殖もできますから、お得かと」
「高いな」
大した元手も掛かってないだろうに、正規の血統書付きと同じ値段を吹っ掛けるとは。演技の必要もなく、俺は目を瞠っていた。
「小柄だし、千でも良いだろう」
「ご冗談を。他にも引く手あまたなのですよ」
抗議の意味か恐怖のためか、猫族の子の唸り声が大きくなった。俺も男も、耳を傾けなかったが。
「だが、即金で三千を出せる奴はいないだろ? 千五百までならこの場で払えるが」
「仕入れ値というものがありますので……」
「じゃ、次もお宅で買うから。千と八百でどうだ?」
高価な奴隷を次々と買う客は、普通はいない。俺の趣味をどう量ったのか、どんな計算を巡らせたのか、男の目がきらりと光った。
「二千五百」
「二千だ、それでも儲けが出るだろ?」
無料で攫ってきたんだから。
言外の脅しに、男は怯まなかった。ただ、潮時だ、とは思ってくれたらしい。
「それでは二千で――またのご利用を、お待ちしております」
慇懃に頭を下げながら、男は素早く契約書とペンを差し出してきた。
子供の枷は解かないまま、俺は早馬で国境まで駆けた。この国の中では、この子は俺の正式な所有物で、契約書も血統書もある。だが、そんなことはまやかしだ。許されないことだ。
国境を越えてすぐの森の隠れ家では、仲間たちが待っていた。馬の蹄の音を聞いてか、ぞろぞろと姿を見せてくる。
「リュカ、首尾は――」
「上々、きっちり値切ってやったさ」
言いながら、戒められた手足をばたつかせる猫族の子を鞍から降ろす。暴れる体力があるなら大丈夫だろうか、と思いながら、まず口枷を外してやると――
「変態! 人攫い!」
罵声と同時に、白い小さな牙が閃いた。女の子が、俺の腕に噛みついたのだ。子供とはいえ牙は鋭い。ぷつぷつと、俺の皮膚に穴が開く感覚が確かにあった。
「ああ、悪かったな、ガネーロのリータ。すぐに父さんと母さんと会わせてやるからな」
傷口を広げられないように子供の――リータの頭を抑えながら、俺は早口に囁いた。傷は痛いが、この子の恐怖と怒りを受け止める相手が必要だろう。
「う……?」
俺を睨む金色の目が揺らぎ、疑問の目を浮かべる。出身と名前を言い当てられた驚きに、牙の力も緩んだようだ。その隙に、俺はリータの白い毛並みを撫でた。奴隷商人の前ではできなかったけど、そっと、労わるように。
「買戻し屋って知ってるか? 俺たちはご両親に雇われたんだ」
人間、エルフ、ドワーフ、獣人。どこまでを人の範疇に入れるか、どの種族なら売り買いして良いのかは国によって様々だ。質の悪い奴隷商人はどこにでもいるが、特に厄介なのは自国での法は守る連中だ。人が攫われて、合法的な奴隷だという体裁を整えられてしまったら取り戻すのは至難の技だから。
そんな時、俺たちに出番がある。法的に問題がないのなら、買い戻す方が話が早いのだ。人攫いに金を払うのは忌々しいし、根本の解決にはならないんだが。でも、親しい存在を攫われた人――血や皮膚や毛の色がどうであろうと、人間だ――の最後の手段は、あって良いはずだった。
「助けてくれたの? ほんと?」
「ああ。怖かったろう。すまなかったな」
ぽんぽんと頭を撫でていると、リータの大きな金の目に、みるみる涙が浮かんでくる。
「噛んでごめんなさい。……ありがとう」
泣きじゃくるリータが温かい食事を与えられている間、俺は仲間と報告書を作っていた。俺たちにも組織や経理という概念もあるのだ。
「リュカ、幾ら立て替えた? 依頼金から支払うぞ」
「ああ、千五百だった。子供ってことで安値でな」
経費の申告は、少ない分には不正確でも良いだろう。攫われた子を取り戻すのに金が必要だなんておかしな話だ。リータの親が払う金は、少ないに越したことはないはずだ。




