青黒き深みに棲まうもの (キュノスーラ 作)
カナコスら村の少年たちが報せをききつけ、駆けつけたときには、すでに大人の男たちのほとんどが浜に集まり、何かをまるく取り囲んでけたたましく言い合っていた。
「もうだめじゃ、キュアノスまで、やられてしもうた!」
「これで四人目じゃ! もう、ここの海はだめじゃ!」
カナコスは大人たちの人垣のあいだに突っ込み、ぎゅうぎゅう体をねじ込んでいった。乱暴に押し戻され、肘鉄をくらいながらも、人垣を抜け、隙間から首を突き出す。
真っ裸の死体が、砂の上に、仰向けに寝ていた。
よくある水死体のようにふやけて膨れ上がってはおらず、雑魚どもに喰い荒らされてもいないその顔は、間違いなく、村の若手の素潜り漁師キュアノスだ。
真昼の光の下で、死体の色は、ぞっとするほど青白く見えた。
「ダコスは!? 一緒に潜っとったはずでねえか、ダコスは今どこにおるんじゃ」
「村境のガニア婆さんのところへ連れてかれた。すっかり気がおかしくなっとる。あいつは、見たんじゃ」
「見たって……あれをか!?」
「ダコスが、言うたんか!?」
「ああ、泡をふきながらな。かぶさってきた、かぶさってきた……と、うわ言みたいに何度も、そればっかり」
片手で押さえつけるような仕草をしながらその男が言ったことばに、全員が蒼ざめて黙った。
間違いない。
「牛鱏じゃ……」
「四度とも同じやられ方じゃ、間違いない」
「牛鱏のたたりじゃ!」
牛鱏というのは、漁師たちのあいだで恐れられる海の怪物の一種だ。
平たく、幅が広く、腹の側は白くて、それ以外は闇のように黒い。
泥の中から生まれ、はじめはちっぽけだが、小魚をたらふく喰らって巨大な図体に育つ。
毒も、大きな口も、鋭い牙も持たない。
それでも牛鱏が恐れられるのは、この海の怪物が、その図体を悪用して「人狩り」をするからだった。
すなわち、海の底で獲物に夢中になっている素潜り漁師を見つけると、音もなく滑り寄り、その全身でもって上からのしかかり、呼吸を奪って殺してしまうのだ。
この村では、四か月前に一度、巨大な牛鱏が仕留められている。
名人といわれた素潜り漁師、ニカンドロスが銛を打ち込んで殺したのだ。
だが、そのひと月後、ニカンドロスは海で溺れて死んだ。
それからというもの、ほぼひと月に一人の割で、漁師が海で死んでいる。
最初のニカンドロスから、今日のキュアノスまで、まったく同じ死に方だ。
溺れて間もない状態で浜に流れ着き、体は膨れておらず、喰われてもいない。
三人目が死んだところで、さすがにみな怖気をふるい、漁に出る者もいなくなっていた。
このままではいかん、と勇を鼓して、キュアノスとダコスの若手二人が組になって潜ったのだが、その結果が、この惨劇だ。
「ニカンドロスが殺した牛鱏のつがいか子供が、復讐しとるんじゃ!」
「くそ! 二人で組になってだめなら、もう、どうしようもねえぞ!」
「このまま潜り漁ができんようなら、おらたちゃ飢えるよりほかねえ。女房子供を売らにゃならんはめになるぞ!」
半狂乱の大人たちの輪から脱け出すと、カナコス少年は音を立てずに後ずさり、人に気付かれぬうちに駆け出した。
*
(うしえい)
切り立った崖を回り込んで下ったところ、波の打ち寄せる岩の上に立ち、カナコスは日焼けした細い足をよくよく曲げ伸ばした。
細いつるで編んだかごを持った左手と、青銅の先端をかぶせた銛を握る右手も、それぞれによく伸ばし、肩から回した。
(そんなもんに、おらの邪魔をされるわけにはいかねえ)
ここは村から少し離れた、カナコスの秘密の漁場だった。
ニカンドロスが死んで村中が騒然となった日も、二人目、三人目の犠牲者が出た日も、カナコスは、一人でひそかに海に潜り続けていた。
寝たきりであばら家にいる父親を、飢え死にさせるわけにはいかないという事情もある。
だが、彼の心のいちばん底にあって、彼を突き動かすものは、別にあった。
(おらは、もう一度、あのひとに会うんじゃ)
あれは四つだったか、五つだったか。
父親に連れられて、初めて海に入った日。
大波が、父親の手から幼いカナコスをひっ攫い、カナコスは溺れた。
ここから先の話をすると、人はみな、おまえの思い込みに違いない、と言う。
小さかったから、本当のことと、作りごととがごっちゃになって、それを自分で信じ込んでいるだけだろう、と言う。
だが、そんなはずはない。
自分は、確かに見たのだ。
深いところは青黒く、上のほうは白く輝く水の中で、細い針のようにきらきらと射し込んでくる太陽の光をまとって、あのひとは微笑んでいた。
見たこともないほど長い真っ赤な髪が、きれいな白い裸の体のまわりに、海藻のようにたなびいていた。
『いい子だ』
白い両手が伸びてきて、目を丸くしている幼いカナコスの頬をはさんだ。
『おまえを帰してあげよう』
「もう一度、会うんじゃ!」
カナコスは高く叫ぶと、鋭く息を吸い込み、ほとんどしぶきも上げずに波間へと飛び込んだ。




