表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第六回 キラキラ☆ワードローブ企画(2018.11.24正午〆)
208/268

書庫の君 (たびー 作)

「本の扱いも知らないのかい?」

 モニカが棚に戻した本は天地がさかさまだった。

「本は上下を正しくしまうものだよ」

 モニカは声のした天井を見上げた。天井といっても大した高さはない。十歳のモニカが椅子に乗れば手が届きそうなくらいだ。

 四方の壁には本棚が作り付けてあり、本はほとんどが表紙を正面に向けてある。本ばかりではなく、陶器の人形やドライフラワーといった小物も並べてあった。部屋の中央には三段ほどの引き出しのある艶めく文机と、座面にビロードが張られた二客の椅子。ただ一つの縦長の窓から夜空が見える。

「ここに入れたってことは、リュデケの血筋だね」

 モニカは書棚がつくる陰影に懐中電灯を向けた。光の輪をかすかな音を追ってせわしなく動かした。眉間に皺を寄せ、青い目をこらした。何かが動いている。紐のようなものが、するすると本と本の隙間を移動している。

「へ、ヘビ!」

 モニカは思わず入り口へ戻り、ドアノブを握った。しかし、すんなり入れたのが奇跡だっとでもいうように、ノブは少しも回らなかった。

「はずれ。ヘビじゃないわ」

 振り返って、灯りで部屋の中央にある机の天板を照らした。小さな緑色の光が見えた。

「今はそんな格好が流行りなの。せっかくの金の髪を短くして、ズボンなんて履いて、襟と袖の無いシャツ! 優雅な巻き毛もスカートも、大切な恥じらいも、ぜんぶ消えましたなんて言うんじゃないよ」

 鳥肌を立てながらも、モニカは机の上を注視した。アルファベットのSに似たシルエットに、四本の短い突起が見えた。

「月が昇る。無粋な灯りはよしとくれ」

 モニカはきっぱりした物言いにしたがった。確かに古風なこの部屋に電灯はそぐわないとモニカも感じたのだ。

 細長い窓から、真ん丸い銀色の月が姿を覗かせた。部屋の真ん中に線が引かれるように、白銀の光が射し込む。光は机の上の声の主をモニカに見せた。

「トカゲ!」

 モニカは懐中電灯を取り落とした。ガチャンとレンズが割れる音がして、慌ててしゃがんだモニカの指先に黒々とした影がかかった。

 影はそのまま伸びていき、窓の正面の本棚まで届いた。影を追って顔をあげたモニカがすり替えると、エメラルドの瞳が笑いかけた。そして細く長い指を一つ鳴らした。

「ようこそ、オフェリアの書庫へ」

 淡い光が書庫のそこかしこにともった。

「久しぶりの客人はもてなさなくてはね。とは言っても茶葉も、すっかりかび臭い。ま、お座り」

 爪を緑に染めた指が、椅子を指さした。人差し指に大きなエメラルドを嵌めた指輪が光っていた。たっぷりとした袖かと思われたものは、すらりとした首に巻かれた乳白色のショールだった。

 隣り合う椅子にモニカが座ると、女性は引き出しを開けてインク壺と羽ペンと革張りのノートを取り出した。

「さて、どの本を借りていきますか?」

 女性は奇妙な顔立ちをしていた。ふつうの人よりも鼻が低く、目は長く切れ上がっている。唇もまた、薄く耳までとどいているようにモニカには感じられた。

 しかし、紫に塗られた瞼も、上品な紅色の唇もどこかユニークで愛らしいと思った。

「ここには滅多な人は入れないのよ。借りていきなさい」

 ティアドロップ型の真珠の耳飾りを揺らして、まるで脅すように女性はモニカに詰め寄った。女性は濃いブラウンの髪を結い上げ、青いドレスを身に着けている。モニカの母親と同じくらいの歳だろうか。四十手前ほどの彼女のドレスは胸元からへそ辺りまで大きく開いていて、豊かな胸の形があらわだった。丸い胸を縁取るように、曲線がドレスのうえを走っている。曲線は光るもので描かれているが、スパンコールのような派手なものではなく、ラインストーンを縫い付けているように見える。長い裾は床へと柔らかいドレープを作り、銀の靴先がわずかにのぞいていた。そして、彼女からは。かすかにミントの香りがした。

 まるで女王のようないで立ち。けれど、ここは本に囲まれた小部屋だ。そういえば、今夜は湖のほとりから花火があがると言っていたが、そんな音は聞こえない。

 ほんとうに、ここはおばあ様のお屋敷の中なのだろうか。だいいち、モニカはおばあ様以外にこの館に誰か住んでいるなんて聞いたことがない。

「わたし、本なんて読まないし」

 足をぶらぶら揺らしてモニカが答えると、女性は急に椅子から立ち上がった。ずいぶんと細身で背が高い。女王のように胸の少し下で手を重ね、ゆっくりと本棚へ近づいた。腰のあたりでギャザーが寄せられているが、少しも重く見えない。背中もまた、深い位置まで肌をみせるようになっていた。その腰のあたりに、何かの刺し傷だろうか。皮膚が引き攣れていることにモニカは気づいた。

「こちらにおいで。本を手に取ってごらん。どれでもいい。あなたは呼ばれてきたんだから」

「ちがうわ、わたしは従姉たちと肝試ししていただけで」

 女性が書棚の一冊を手に取り、ページを開くと煌めく光が床にこぼれた。

「ほら、こちらに」

2018/11/24 一部修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ