夜会の少し前 (冴吹稔 作)
キャピタルに着いて二日目の夕方。
ぼくはふかふかのカーペットが敷き詰められた鉄道会館ホテルの廊下で、革張りのどでかいソファーに落ち着かない気持ちで腰かけていた。
着換えるように指示されて渡された真新しい衣装は、極力ぼくの体に合わせたものを用意してくれたらしかった。でもやはり肩のあたりがどうも突っ張って窮屈でしょうがない。
線路沿いの古い敷石によく似た赤茶色で、目の詰んだ生地。同じ毛織物でも、ぼくらが東部の田舎で祝い事の日なんかに着る、ざっくりした手触りの自家製ものとはずいぶん違う。多分最新式の機械織りだろう。
袖口やえり元などの要所には、光沢のある焦げ茶色の布がリボン状に縫い付けられていた。それを見たことで、なんでこんなに早くこの衣装を用意できたのかがぼくにも理解できた。
(こりゃあ、平原鉄道の礼服じゃないか。新しい駅の開通式なんかで、下っ端の従業員が着せられる奴だ)
おそらく各地の駅や停車場それぞれにぼくのような小僧っ子が何人もいて、会社はそんな年少の連中を式典の時には体裁よく着飾らせて会場を飾るのに一役買わせるというわけだろう。
つまり今夜の夜会で、ぼくはあくまでも会社の、一介の従業員として披露されるわけだ。Rock_It号の大切な乗客で未来の社長夫人、レベッカ=アンドリュース嬢を旅の間けなげに護衛し、山賊の襲撃を切り抜け、さらには社長暗殺の陰謀を未然に防いだ、あっぱれな従業員として。
うん、まあそれはわかる。ごく正当な扱いだし、そういう観点からすればぼくがこの旅の間果たした役割はじっさい褒められて然るべきものだろう。だけど――
「ロッコ! ちょっと見てくれるかしら。このドレス、どう?」
不意にレベッカが少し離れたドアを開けて、僕に声をかけてきた。
「いきなりそんなこと言われたって、ぼくには女のこ――女の人のドレスの良しあしや着こなしなんて、わからないよ……」
「いいから。とにかく、あなたに見てほしいのよ……マクシミリアンより先に、一番にね」
ぼくの頭より少し高いところから、レベッカの声と視線が降ってくる。ああもう、自分の立場が分かってないはずはないのに、そのくせに。やっぱりめちゃくちゃだ、このお嬢様は。
で、彼女のドレスはぼくの乏しい見識や美意識からしても実際大したもので、素晴らしいものに見えた。光沢のある白い布地――よくわからないけどたぶん絹、さもなくば最新式の化学なんちゃら繊維とかそういうのを使って、円錐形のシルエットに仕立てられた足元までのロングドレス。詳しい名前まではわからない。
彼女が普段着ているコートの腰から下を切り落としたような、ちょっと男性的なデザインでえんじ色の短い上着をその上から羽織っている。ただし上着の前はボタンで留めず、銀製のボタンと留め金のついた、淡いピンクの飾り紐がかけ渡されて、その下にある胸元の優美な曲線を見せつけていた。
レベッカは普段肩まで下ろしている淡い色の金髪をうまい具合に結い上げ、ほとんど同じ色のつけ毛を使ってまとめたその上に、上流階級の寡婦が面紗にするような網目状の薄い黒レースと、小さな黒いシルクハットをつけていた。
「うん……すごく綺麗だよ。衣装も、君もさ――ただ、その短い上着は赤じゃない方が良かったんじゃないかな、なんとなくだけど」
「そう? うーん、そうかあ。これはあなたのことを考えて選んだんだけど」
「ぼくを?」
「ほら、私、旅の間ずっとあの赤いコートだったでしょ。これならその印象が残るかな、って……あんまり変わっちゃうのもどうかと思うし」
「あのさ……今夜のパーティーで、ぼくの方を見る暇とか、ぼくが君を見る暇とか、あまりないんじゃないかな。だって今日は主に君のお披露目なわけだし、旦那さんとずっと一緒だろ」
そのつもりはないのに――少なくともはっきり意識してはいなかったのに、言葉に自然と棘が生えてくるのが分かった。レベッカもそれを敏感に察したようで、わずかに顔が青ざめていくようだった。
それを見るうちに、ぼくの中に何かひどく乱暴な気持ちが膨れ上がっていって、それはついにせきを切って溢れ出した。
「上着はもっと薄手の柔らかい生地のやつにして、色は明るめの茶色か、青系統のグレーがいいと思うよ。それとさ、君に言っても仕方ないけど、ぼくの衣装は半ズボンじゃないやつにしてくれると嬉しかったかな。こんな膝小僧むき出しの子供っぽい格好はうんざりだ!」
言い捨てて、長い廊下をどこというあてもなく駆けだす。旅の間対等だったはずのレベッカが、なにやらひどく眩しく遠いものに思えた。ぼくは年相応の子供の立場のままでは、それに耐えられそうになかったのだ――




