玉の葉 (深海 作)
※作者本人ページでも同作品を公開しています。
遠路はるばる、いのちの森へようこそ。
あなたも私を求めてきたのね。ずいぶん年季の入った杖だこと。ところどころ黒ずんで、なんだか焦げくさいわ。
ごめんなさいね、お望みのものは、もうすっかり落ちてしまったの。あなたは一歩おそかった。もう少し早く来てくれたら、あなたを包むことができたのに。
私がまとっていたさいごの一枚は、あのよぼよぼの老人が手に入れたのよ。丸い背中をこちらに向けて、遠ざかってゆくあの人。私からちぎり取られたとたん、玉の葉はぱっと砕けて、あの人を包み込んだの。だからあんなにまばゆく輝いているのよ。
ちりちりしゃらら 歌えひかりの葉
そは宵空に散らばるまたたきのごとき、銀のしずくか
それとも、蒼天を燃やすほむらの玉のごとき、金の矢か
大地の母さまをことほいで 散り光れ
見る人によって色合いが変わるらしいけれど。私自身には、まばゆい黄色や橙色の小さな玉が、無数に光っているように見えるわ。
あなたはどう?
あらいやだ、杖でしきりにつつかないでちょうだい。渋い顔で、甘ったるいだなんてぼやいて。鼻をつまむなんて失礼ね。
え? 私のひかりはとげとげしている? あちこち刺されて痛い? しかもうるさい?
にぎやかなのは確かね。ざわめくかがやきの葉を落としても、私は歌い続けるの。裸になった今は、歌をまとって楽しく過ごすのよ。
でもね、実のところは、よくわからないわ。
この森もほかの貧相な木々も、そして私自身も。
どれもこれもおぼろげで、確かなものは皆無。
形も色も境界も、あってないようなものよ。
だから私の体に、きらめく葉っぱがいくつあったかなんて知らないわ。生まれてこのかた、数えてみたことなんてなくってよ。大体にして、数え方なんて知らないし。
え?
ひとつふたつみっつ? 一十百千万?
いいえ、そんな固い石のような顔で、教えてくれなくていいのよ。私には必要のない知識ですもの。
とてもたくさん!
そう言うだけで事足りるわ。
ええ本当に、いっぱいあったのよ。毎日ごっそりなくなっていくけれど、たくさんあるときは、はるか遠く、砂丘のかなたの街を明るく照らせるぐらい。すぐに砕かず、ランプの種火に使う人もいるみたいね。
それどころではない?
高値で取り引きされている?
奪い合い、殺し合いが起きている?
いやだ痛いわ。どうしてそんなにつついてくるの?
いのちの葉を手にできなくて、悲しむ気持ちは分かるけれど、八つ当たりは止めてちょうだい。
気を落とさないで、どうかまたいらしてね。
私がまた、黄金色の玉の葉をまとう頃に。
南からやってくる風が、足元の雪を溶かしたときに。
そんなに先のことじゃないでしょう?
あなたはまだ若そうだから、若返りのひかりが、どうしても必要というわけじゃないでしょう?
なぜか怒って、私を蹴りつけたり、切りつけたりしてくる人がいるのだけれど。あなたはそんなことはしないわよね?
そっとなでてくれたら嬉しいわ。
あなたや優しい人たちのぬくもりで、私はいつか動けるようになるでしょうね。
長い時をかけて、こうして空にそびえるものになったように。いつかきっと動かぬ足が、ふと前に出るときが来るでしょう。
無理だろうなんて言わないで。進化はゆるゆる少しずつ、たっぷり時間をかけて行われるものなのよ。
生まれた時から私は歌っていたわ。
いのちを賛美して、さわさわきらきら葉っぱを揺らしながら、ぐんぐん伸びたわ。
これからも私は伸び続けて、きらめく葉をたくさんつけて、心地よいひかりを落として、あなたたちを幸せに--
きゃあ?!
何をするの? どうして杖で殴ってくるの?
やめて痛いわ。どうか落ち着いて。
どうしてそんなに怒っているの?
うるさい? 黙れ魔女の木?
魔女? 私が? それはなに?
とてもまがまがしいもの? とても悪くておぞましいもの?
どうして……
匂いが恐ろしいってどういうことなのかしら。
蜜の香りがヒトを魅了する? とても抗えないって、どういうことなのかしら。
私はただ、楽しく歌って、腕を伸ばしているだけなのに。
いやよ痛いわ! 杖で殴らないで。どうかやめて。
ひ! 杖から真っ赤なものが飛び出したわ。
ああ。ああ。熱い!
なんですって? この世で一番大事な人が死んだのは、私のせい? やっと手に入れた玉の葉を砕いたとたんに、その人は亡くなった?
お気の毒に。でもそれは私のせいではないわ。あなたたちが勝手に、若返りの光だと思い込んでいるだけですもの。全然万能でもなんでもな……
なんてこと。私燃えているわ。なんてこと。
こんなに頼んでも止めてくれないのなら。あなたをはじき飛ばすしか……
そんな……体の中からありったけのひかりを出したのに。なぜたじろがないの?
ああ……あなた目が見えないのね。
だから私のことが分からないのね。かわいそうに。
杖が燃える。私も燃える。あなたも……
助けて、優しい大地のお母さま。
まっかな私を。私よりまっかなこの人を。
どうか助けて……
2020/12/09 作者本人ページでも同作品を公開のため、注を追記




