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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第六回 キラキラ☆ワードローブ企画(2018.11.24正午〆)
201/268

理想と現実 (ましの 作)

「あいつ何考えてるんだよ!」

 設計室は怒声によって急激に雰囲気が悪くなる。サンプル室からの電話に対応していた僕は受話器を耳に当てながら声の主をこっそりと盗み見た。

 パターンナーの先輩が受注書を手に怒りをあらわにしている。

「客がいないと商売は成り立たないかもしれないが、だからと言って要望を際限なく聞くわけにはいかないだろうが。その辺りを売場に立っている人間が理解していないから、余計なクレームがついて作り直しが発生するんじゃないのか」

 メンズ衣料のフルオーダーを百貨店から請け負う仕事を担当しているせいか、先輩は年上の営業に対しても物言いが少々きつい。

 しかし、先輩の言っていることは正しい。

 型紙を理解していない人間にとって服のパターンはさぞ自由に見えるらしいが、それは違う。まず人間が着るということを念頭に置かなければ、とてもじゃないが怖くて引けない。先輩はしっかりとした基礎があるからこそフルオーダーという難しい仕事をこなしているのだ。

 先輩の言葉に営業担当は困ったように顔をしかめている。きっと無茶なオーダーを頼みに来たに違いない。

「はっきり言うが、こんなオーダーばかりだと俺の人件費だけで赤字だぞ。要望に見合った金額を払わせる気がないなら、さっさと百貨店からは撤退することだな」

 暴言を吐く先輩の言葉は耳障りが良いとは言えない。

「サンプル室に型紙届けてきます」

 プロッターから吐き出されてきたばかりの型紙を手早く取って、僕はそそくさと設計室から抜け出した。


 企業側も取引先も出来て当たり前と思って評価しない技術や経験こそがアパレル分野を支えているということに気付いていないようだ。

 もしその技術が失われたらと思うとゾッとする。普段着ているTシャツだって手に入らなくなるだろう。

 だから先輩が営業に対して怒っていたことも理解できるし、正直に言うと過激な発言によってスッと靄が晴れることだってある。ただ、先輩の暴言によってその場の空気が悪くなるのだけが耐えられないのだ。正しいことを言っているはずなのに受け入れられない現状に、僕は自分が否定されているような気がして居たたまれなくなる。

 僕らを取り巻く現状は理不尽なのだ。こんなことならアパレルなど目指さなければ良かったとさえ思ってしまう。


 サンプル室のドアを開けると出迎えたのは棚に並べれられたドレスシャツの衿型見本だ。時代遅れのレギュラー衿から最近流行のホリゾンタルまで、それらは壁一面にすえつけられた棚を埋めていた。

 室内に人の気配はなくシンと静まり返っている。サンプル室から型紙の要請があったということは、勝手に企画会議が行われているのだと思っていたので肩透かしを食らった気分だった。

 奥には天井まで覆うほどの三段のハンガーラックがいくつか置かれている。

 手前のラックで最初に目に付いたのは誰が着るんだと首を傾げたくなるような紫色の派手な柄のシャツ。センスないなと失笑した横には、サテン地のような滑らかな光沢を持ったドレスシャツが並んでいるので面食らう。どうやら今まで作製されてきた様々なデザインのものが色やジャンルに分けられることもなく無造作に掛けられているようだった。

 まるで宝探しだな。そんなことを思いながら僕は一番奥のラックに近づいてハンガーを手繰り寄せた。

 出てきたのはヨレヨレのジャケットだ。なんだこれ? 縫い目は縮んで皺が寄り、袖山の膨らみは見事に潰れている。サンプルにしてはあまりにも不恰好なジャケットに首をかしげる。

 そのとき、

「なんだ。いたの」

 突然声をかけられて思わず肩を震わせる。

「そんなに驚かなくても良いのに」

 つい先ほどまで内線で話していた声の主がおかしそうに笑っていた。

「ずいぶん懐かしいものを持っているじゃないの」

 彼女はそう言うと、僕が持っていたジャケットを指差した。

「これ、いつのなんですか?」

「君の言いたいことはわかる。酷すぎよね」

 彼女は何かを思い出すように目を眇めている。

「誰とは言わないけどね。これはね、君の先輩君が入社して初めて線を引いたジャケットなのよ」

「こんな酷いものを?」

「それ、彼が聞いたらきっと激怒するわね」

 その言葉で誰の作品なのかを察してしまった。僕は慌てて口を押さえる。

「今でこそ立派なパターンナーになっているけどね、最初は酷かったのよ。まともに線も引けない、そのくせ意地っ張りで人の言うことも聞かない。きっとすぐに辞めるなって思っていたんだけどね」

「辞めて、ないですね」

「そうね。彼はどんなことがあっても食らいついてきたの。絶対に負けるものかってね。それに続く人には共通点があるのよ」

「共通点?」

「そう。闘志みたいなものが目の中に見えるのよ」

「闘志ですか? そんなもの見えますか?」

「わたしの目に狂いはない。君にもそれは見えるもの。君は辞めないわよ、絶対にね」

 僕の心を見透かしているのか、彼女はそう言って特上の笑みを見せた。

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