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【習作】描写力アップを目指そう企画  作者: 描写力アップ企画管理者
第六回 キラキラ☆ワードローブ企画(2018.11.24正午〆)
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舞台の裏側 (ましの 作)

「どうしよ、しーちゃん」

 舞台裏の爆音の音響の中でも、今にも泣き出しそうなサエの声は確かに聞こえた。

「どうしよもなにも、いつものように観客を下衆をみるように見下せばいいのよ」

 呆れて返す。

 するとサエは固く目を閉じて激しく頭を振る。せっかくヘアセットしたばかりの頭部から髪飾りがゴトリと音を立てて落ちる。

「あーあー。セットしたばっかりなのに。ヘアメイクに怒られるよ」

 わたしは足元に転がった髪飾りを拾い上げてサエの髪に深く差し込んだ。

「違うよ、しーちゃん」

 熱を帯びたサエの瞳がすがるようにわたしを見つめる。

「これが最後なんだよ。これで、もう終わりなんだよ」

「わかってる」

 サエの瞳を見返してわたしはうなずいた。

 今は、学生生活の集大成ともいえるファッションショーの最中だった。

 毎年、最高学年が行うショーをずっと観客席で見続けてきた。照明の下で煌びやかに輝く衣装を見て、ずっと憧れていた。いつか自分たちもあの舞台を作り上げるのだと目標にしていたのだ。

 けれど、充実した時間はあっという間に過ぎ去っていく。この三日間のために費やした数ヶ月間は長かったはずなのに呆気なく終わってしまった。

 最終日の最終公演。

 この公演が終われば、わたしたちはそれぞれの選ぶ道へと進んでいかなければならないのだ。

 そんなことは最初からわかっていた。だからサエの言わんとしていることも苦しいくらいによく分かる。ここへたどり着くまでの道のりを振り返ると涙があふれそうになるから。でも今はまだ、目の前の仕事に集中して気を紛らわすしかない。泣くにはまだ少し早すぎる。

「さあさ。そんな顔してないで、この大トリの衣装を着るのが先だよ。半裸で泣くほど間抜けなものはないしね」

 言い諭すとサエは感慨深げに衣装に手を伸ばした。

 薄紅と若草のグラデーションが鮮やかな衣装は、着物をベースにしたデザインでありながらシフォンをふんだんに使ってふわりとした空気感を出している。近未来的な遊郭の花魁ようであり、結婚式でお色直しをした花嫁のようでもあるその衣装は、超音波で生地を溶着するという高度な技術まで使って製作した。

 三センチピッチで生地を織り交ぜながら作った人魚の長いひれような裾は、動くたびに風を孕んでまるで水の中のように揺れ動く。

 わたしは舞台栄えするようにと金糸を織り交ぜられた帯をサエの細いウエストに巻いていく。

 帯を締めると、重さのないシフォンの着物は天女の羽衣のように肩先に衿を余らせてふわりと浮く。余った衿は後ろに回って花魁のごとく思い切り引き下げる。仕上げに、露わになった二の腕にオーガンジーで羽根を模して作った若草色のアームレットを巻きつけた。

「クライマックスだよ」

 わたしは音響が切り替わる気配を察してサエに向かって囁きながら、華奢なその背中を舞台裾に向かって押しやった。

 一歩、二歩と足を踏み出してそのまま舞台裾のスタンバイポジションに向かうのかと思ったが、ハタと立ち止まり躊躇うようにこちらを振り向いた。

 その顔が駄々をこねる子供のように「終わりたくない」と叫んでいるように見えた。それを見てわたしは思わずサエの元へと大股で近づく。

「みんな、サエと同じ気持ちだよ。早く終わって欲しいと思っている人なんてここにはいない。ここは、わたしたちの夢の場所なんだから。だから……」

 気を抜くと涙がこぼれそうになるのを堪えて、必死で顔をしかめる。

「このランウェイをしっかりと目に焼き付けて来い!」

 声を殺しながらそれでも叫ぶように、わたしはサエの手を強くつかんだ。

 音響がフェードアウトしていきシーンが移り変わる。傍らで様子を窺っていたタイムキーバーが「時間だ」とサエを連れて行く。

 舞台は暗転し、わずかなフットライトの中にひれのような裾がふわりと空気を含んで移動しているのだけが見えた。

 数拍間を置いて、スポットライトがサエを照らし出す。衣装がキラキラと光を放って輝く。心臓を打つような音響の中で、サエはわたしをじっと見つめていた。けれど、それはほんのわずかかな間だったのだろう。一瞬、意志の灯った真っ直ぐな瞳がにこりと微笑を見せる。次の瞬間にはスッと視線を正面に戻してテンポ良く足を踏み出して行った。わたしたちの想いを纏いながら。

 その姿を見て、言葉に出来ない感情がこみ上げてくる。押し寄せる感情の波に揉まれるように耐えていると、不意に視界が揺らいだ。泣いているのだとすぐにわかったが、涙を拭うことはしなかった。今は、この瞬間全てを感じていたかった。涙の向こうで輝く世界を、心に刻んだ。

 否が応でも、たっぷりと余韻を漂わせながら最後の舞台の幕は下りるのだ。だからこそ、この時は決して忘れてはいけない。過ぎ去ってしまうからこそ、何よりも愛おしくそれでいて美しいのだろう。

 そして、どれだけ時が経ってもこの記憶は決して色褪せないと確信する。きっとこの瞬間はわたしを形作る礎となるのだ。

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