愛しのリアルファー (梨鳥 ふるり 作)
無地のシャツや二ットセーターに色々工夫すると素敵な一点ものになる。
僕はそういうのを作って、ネット販売しているんだ。
今、一番上のボタンの位置と、ウエストの絞りがセクシーなブラウスを変身させようと思案中だ。
去年の暮れに別れた彼女が、こういう色っぽい服装ばかりしていた。
艶々で真っ黒な子うさぎを、クリスマスプレゼントにねだられたんだ。
子うさぎに夢中になるなんて可愛らしいなって、僕は惚れ直したんだけど……結局別れてしまった。
僕の心の中で、彼女との思い出がキラキラ光る。
……もう忘れよう。ブラウスの事を考えなくては。
――――布を沢山つかって翼の様に広がるゴージャスな襟を、毛足の短いファーで縁取る。全体的に都会的なイメージのブラウスだから、色は黒だ。
胸ポケットに悪戯して、中から耳だけ飛び出ているみたいにする。
もちろん、襟の縁取りと同じ黒い耳だ。
黒い子ウサギが胸ポケットにいるみたいで、いい出来になった。
『遊び心のあるセクシーブラウス』と名付けてネットにアップしよう。きっと直ぐ売れる。
僕は一休みする為に珈琲を啜りながら、次の作品の構想を練る。
次のは真っ赤な無地のタートルニットだ。
このニットに似たのを、春先に別れた彼女が着ていた。
胸の大きい子で、タートルニットを着ると目のやり場に困った。
きっと、解ってて着ていたんじゃないかなぁ、なんて僕は思う。
彼女の部屋に泊まると、夜中にカラカラカラカラ音がして、僕はなかなか寝付けなかった。
だから、彼女の寝顔を飽きずに見てたっけ。
僕の心の中で、彼女との思い出がキラキラ光る。
……もう忘れよう。タートルニットの事を考えなくては。
――――これはくどくならない様に、小さなワンポイントに留めようと思っている。
パールホワイトの、ハムスターワッペンなんてどうかと思う。
あまり可愛すぎるとメルヘンチックになっちゃうから、ブラックジョークっぽく、左胸辺りに両手両足を開いてぺったりくっついているデザインにしよう。
僕の商品を買うお客さんは、『ちょっと変わった大人可愛い』が好きだから、こういうのにすぐ飛びつくぞ。『アレンジに使われるファー素材がとってもリアル』って評判なんだ。
最近は結構良い値段で、つくった分だけ売れるようになってきた。
趣味でやっているだけだけど、まぁまぁ嬉しい。
ニヤニヤしていたら、アパートのインターホンが鳴った。
きっと通販で買ったオーバーオールパンツが届いたのだ、と、僕は立ち上がる。
秋の終わりに、別れた彼女が着ていたヤツだ。
『流行だし楽なんだよ』って、可愛らしく微笑んでいた。
彼女が着ていたのは、赤茶系統の細かいチェック地のオーバーオールパンツで、大きなポケットが二つ付いていた。
僕は、彼女が膝に乗せて撫でていた、クリーム色のポメラニアンを見て思い付いた。
あの大きな二つのポケットに、ボリュームのあるファーをつけたら更にキュートなんじゃないだろうか、ってね。
その事を彼女に言ってみたら、「凄くかわいい」って、褒めてくれたっけ。
僕の心の中で、彼女との思い出がキラキラ光る。
……もう忘れよう。ポケットの事を考えなくては。
完成が楽しみだ。
もしかしたら、彼女達の内の誰かが僕の洋服を買って思い出してくれるかもしれない。
キラキラ光る、僕たちの思い出を。
僕と別れる時、彼女達はとても悲しそうだったから、きっと喜ぶんだろうな。もしもの話なんだけどさ。
急かす様にインターホンがまた鳴った。
既に僕は玄関にいて、クロックスサンダルを足につっかけた頃だった。
僕は微笑んで玄関のドアを開け、首を傾げる。
見知らぬ男が立っていて、『窃盗』だの『動物愛護法』だの言い出したのだ。
ただならぬ気配を感じて、僕は男の背後に並ぶ人々を見る。
そこには、先日別れた彼女、春先に別れた彼女、去年の暮れに別れた彼女、そのもっと前の彼女たちがいた。みんな、不思議な事に目に涙と怒りを溜めて、僕を睨んでいた。
どうしてかなぁって、僕は思う。
窃盗だなんて。ちょっとした思い出に貰っただけなのに。
動物愛護だなんて。
フェイクファーの方が、悪いじゃないか。あれは偽物なんだぞ。
僕のいない間に注文が入ったらどうしよう。
せっかく手に入れたリアルファーたちも、可愛そうだ。
これから僕の思い出の、煌めきの中に縫い付けてあげられるところだったのに。
僕は、それだけが心残りだ。




